田土社
田土社(たのつちしゃ)は、蒲郡市西浦町田土の田戸山(たどやま)の中腹に鎮座していました。その神社跡は、鳥居や石灯籠、石段、そして小さな祠が残されています。主祭神は、多度大社系の天目一箇神(あめのまひとつのかみ)で、蒲郡市西浦町宮地の八王子神社境内に移され祀られています。
近年、築城の採石場(石丁場)であったことと、その残石、中には大名の刻印石が残ることで知られるようになりました。
創建と信仰の変遷
創建の詳細は不明ですが、伊勢国桑名郡の多度大社を勧請したと伝えられています。
棟札の記録から、当時の信仰形態を知ることができます。
- 延宝9年(1681年)の棟札には「奉造立三社五兵」と記されています。これは、多度大社系の三柱の神(三社)に加え、五体の守護仏(五兵)を祀り、そして神仏両面からの加護を求めたという、神仏習合の貴重な信仰様式が推測されます。
- 享保6年(1721年)の棟札には「田土大明神」と見えます。このことから、神仏習合を経て「大明神」として信仰されていたことが分かります。
また、元和6年(1620年)に領主松平氏より祭田高2石の寄進があったことが記録されています。
ただ、神殿上の大きな岩は、古代から磐座として信仰の対象になっていたと推測できます。また、参道には「清覚霊神碑」が建てられており、山岳信仰の場としての名残を残しています。
地名の由来と遷座
地名「田土(たど)」は、勧請元である「多度(たど)」に由来し転化したものと推測されます。ここには、元和6年以前の遥か昔から、田土の地に鎮座していたと考えられます。
明治の神社制度改革では据置公許(存続が公的に認められること)となりました。その後、明治22年(1889年)9月11日の台風で社祠(しゃし)が大きく破損し、大修理が行われます。また、鳥居、灯籠などに「昭和9年(1934年)」という日付が残っています。これは、その頃再度改築改装が行われたことを示唆しています。
そして、田土社は八王子神社の境内に遷されます。現在は境内に鳥居と社を構えた「田土神社」として鎮座しています。
「田土社」愛知県神社名鑑 – 国立国会図書館
田土社の画像
田土社の地図・行き方
マーカーの位置が参道入口になります。
名古屋城石垣採石場跡 – 残石 – 蒲郡の旅
竹島の採石場 – 残石 – 蒲郡の旅
西浦小学校の残石 – 蒲郡の旅








