わすれじの碑 – 形原町

悲劇を語り継ぐ「わすれじの碑」

形原神社の境内に立つ「わすれじの碑」は、昭和20年(1945年)1月13日に発生した三河地震の犠牲者を追悼し、震災の記憶を後世へ語り継ぐために建立されました。地震発生から33年目にあたる1977年の同日に、平和と安全への願いを込めて除幕されました。

戦時下の隠された震災被害

形原地区の被害は死者が200名を超える甚大なものでしたが、当時は敗戦色の濃い戦時下であったため、軍部による厳しい情報統制が行われました。被害の実態が公に伏せられたことが、結果として被害を一層拡大させる要因となりました。

重なる困窮と明日への戒め

「戦争末期の困窮と相まって」と碑文にあるように、激しい資材不足や食糧不足が追い打ちをかけ、救えるはずの命が多く失われました。私たちが今、当たり前に享受している平和と安全の尊さを、この碑は静かに問い続けています。

また、この悲劇の詳細は、蒲郡市視聴覚ライブラリーの資料「わすれじの記」でも深く知ることができます。

碑文は次のように刻まれています。(読みやすいように句読点を加え、改行位置を変えました)

昭和二十年一月十三日未明、突如として当北方を襲った大地震により、犠牲者二百有余人 全壊家屋三百有余にのぼる大惨害を被り、戦争末期の困窮と相まって、筆舌に尽くし難い惨苦をなめたのである。

 

今ここに三十三年を迎えるにあたり、当時の惨状と思いを新たにし、非命にたおれた人人の霊を慰めるとともに、永らく後世に伝えるべきしるしを残すということは、まさに生きながられることを得た者の果たすべき重要な課題であると考え、有志相計り、形原地区民多数の賛同を得て、その芳志を結集し、一碑を建立してその意を表あすものである。

 

昭和五十二年一月十三日 三河地震記念事業奉賛会

わすれじの碑の画像

地図・行き方

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