蒲郡・大塚の「亀ケ礁」と、名産「太郎塩」にまつわる竜宮伝説

明治の地誌に記された「亀ケ礁」の姿

かつて蒲郡市大塚町の産子山(うぶすやま)の南側には、亀ケ礁(かめがしょう)と呼ばれる風光明媚な岩礁がありました。明治20年代に編纂された『三河国宝飯郡』によると、海岸から約145メートルの沖合に二つの岩礁が独立して並び、そのうちの一つが亀に似た形をしていたことからその名がついたと記されています。

昭和43年(1968年)のバイパス開通や、その後の大規模な埋め立てによって、当時の海岸線とともに亀ケ礁の姿は失われました。しかし現在、ラグーナゲートブリッジへと続く交差点には、2002年に建立された「亀ケ礁記念碑」が立ち、往時の記憶を今に伝えています。

浦島伝説から生まれた「太郎塩」

現在の「ラグーナビーチ(大塚海浜緑地)」一帯は、かつて白砂青松の海水浴場であり、豊かな塩田が広がる場所でもありました。ここには、この地ならではの「浦島太郎」に似た伝説が残されています。

昔、大塚の浜に住んでいた漁師の太郎が、打ち上げられた弱った亀を助け、竜宮城へと案内されました。帰り際に手渡された玉手箱を開けると、中には「塩」と「塩の作り方が記された巻物」が入っていました。太郎が村人にその製法を広めたことから、この地で採れる塩は「太郎塩」と呼ばれ、大塚は塩の名産地になったと言い伝えられています。

時代を超えて賑わう「竜宮城」の跡

かつて塩田が広がり、亀が遊んでいた海岸線は、現在では三河湾最大級のレジャー拠点へと姿を変えました。製塩の煙が立ちのぼる光景は過去のものとなりましたが、竜宮城のような華やかさを持つフェスティバルマーケットや遊園地には、今も絶えず多くの人々が訪れています。

古くから伝わる「舟止め地蔵」や「太郎塩」の物語は、形を変えながらもこの土地の魅力として息づいています。

『三河国宝飯郡』には、亀ケ礁について次のような記録が残されています。

「亀ケ礁は、大塚(現在の蒲郡市大塚町)の産子山の南側にあります。海岸から約145メートル(80間)ほど離れた場所に位置しており、南北約14メートル(8間)、東西約90メートル(50間)の範囲に、2つの岩礁が独立して顔を出しています。

そのうちの一つは、大きさが東西約9メートル(5間)、南北約7メートル(4間)ほどで、その姿が亀に似ていることから『亀ケ礁』と呼ばれています。

周囲の深さは、満潮時には約1.5メートル(5尺)、干潮時には約0.6メートル(2尺)ほどになり、東西には目印となる2本の標木(しるべぎ)が立てられています。」

亀ケ礁記念碑の地図・行き方

舟止め地蔵・岩瀬地蔵 – 大塚町 – 蒲郡の旅
大塚海浜緑地 – 塩田の記憶

「太郎塩」ぬすまれた観音さま – 蒲郡のむかしばなし.
「亀ケ礁」新訂三河国宝飯郡誌 – 国立国会図書館デジタルコレクション.

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です