鳳来寺の彫像
鳳来寺の表参道には「歴史人物と語らいの場」として、彫像が6つ点在しています。日本を代表する彫刻家たちが命を吹き込んだ「野外美術館」です。その鳳来寺の彫像を紹介します。
浄瑠璃姫と義経像(鈴木武右衛門作)
源義経と浄瑠璃姫の切ない物語を伝えます。岡崎の長者の娘・浄瑠璃姫は、義経との再会を固く信じ、鳳来寺近くの千寿峯のふもとに庵を作り住み、その時を待ち続けていました。しかし、再会はできず短い人生を終えます。
(解説碑では「ある日、義経が通るといううわさを聞き、往来まで出て道ゆく人にたずねると、義経は通りすぎてしまったということでした。悲しんだ姫は庵のほとりで自害してはかなない一生を終えました。」と記されています)
鈴木武右衛門(すずきぶえもん・1949年 – 2014年11月29日)
石を素材にした具象彫刻で知られています。この作品は黒御影石を使用しています。そして、悲恋の物語を、単なる伝説の再現にとどまらず、二人の魂の邂逅として情感豊かに描き出しています。
徳川家康像(下川昭宣作)
徳川家康と鳳来寺の関わりは、家康が誕生する前の「子授け祈願」にまで遡ります。家康の母・於大の方が鳳来寺の薬師如来に祈願したところ、家康を授かったと伝えられています。この「鳳来寺の申し子」という伝説は、徳川家にとって鳳来寺を特別な聖地たらしめる根拠となりました。
下川昭宣(しもかわ あきのぶ・1949年生)
愛知県海部郡弥富町出身です。碧南市の川口公園にある『夏引』蕨のカバ『楽園』、京都国立近代美術館所蔵の『羚羊』など、生命の在処を力強く石に刻みます。この作品の、家康の目に作者と家康の力強さが共存しています。
若山牧水像 (保田井智之作)
大正時代を代表する歌人・若山牧水は、大正13年(1924年)7月に訪れ医王院に5日、大正15年7月には小松屋に一泊したと言われます。医王院の手前には「仏法僧」の歌碑が、また、牧水像が建つあたりに小松屋がありました。
酒と旅を愛した牧水は、「仏法僧仏法僧と鳴く鳥の声をまねつつ飲める酒かも」と詠みました。また、『鳳來寺紀行』には大正13年7月に訪れた時、そして仏法僧のことが記されています。(若山牧水 鳳來寺紀行・青空文庫)
保田井智之(やすい ともゆき・1953生)
保田井智之氏は、牧水と同じ宮崎県(都城市)の出身です。同郷の絆から生まれたこの像の内部には、酒瓶や酒器が納められています。
牧水は単なる酒好きという域を超え、一日に一升もの酒を嗜むほどの大酒飲みでした。そして最後は肝硬変でその生涯を閉じました。まさに「身体が酒でできていた」と言っても過言ではない牧水の生き様。保田井氏はこの像に酒器を封じ込めることで、酒と旅、そして自然を愛し抜いた歌人の剥き出しの精神を象徴的に表現しています。
仏法僧像 (田中毅作)
鳳来寺の夜の静寂を象徴するのが、「ブッポウソウ」という神秘的な鳴き声です。これは仏教において最も尊いとされる三宝です。すなわち「仏(仏様)・法(教え)・僧(修行者)」を唱える霊鳥の声として、古来尊ばれてきました。
若山牧水もこの響きに魅せられ、声を真似ながら酒を酌み交わす風雅な夜を歌に残しています。昭和十年のNHK実況放送により、その正体はコノハズクであると判明しましたが、三宝を称えるかのようなその調べは、今も聖地・鳳来寺に漂う信仰の深さを物語っています。
田中毅(たなか つよし・1951年生)
宮崎県生まれの彫刻家です。氏は大理石や花崗岩などの硬質な石を素材としながらも、丸みを帯びた温かみのある造形を得意とし、全国各地の公共空間に数多くの作品を設置しています。また、生き物への深い慈しみを引き出すその手腕は、国内外で高く評価されています。
松尾芭蕉像 (淺井健作 作)
元禄4年(1691年)、俳聖・松尾芭蕉は新城から弟子たちを伴い、鳳来寺を参詣しました。山門前では「木枯らしに岩吹きとがる杉間かな」を、宿泊した「屋根屋」では「夜着一つ祈り出して旅寝かな」という句を詠みました。
浅井健作(あさい けんさく・1949年生)
浅井健作氏は。東京芸術大学および同大学院で彫刻を学び、半世紀以上にわたり「木」という素材と向き合い続けてきた彫刻家です。
氏の活動の根幹には「木が好きで、彫ることが好き」という純粋な情熱があります。そして近年では温かみのある動物の木彫作品でも広く知られています。鳳来寺参道の芭蕉像においても、温厚な芭蕉の表情や周囲に配置された動物たちにその情熱が伝わります。
利修仙人像(籔内佐斗司作)
利修仙人は、大宝2年(702年)に鳳来寺を開山したと伝わる伝説の修行者です。文武天皇の病を癒やすなど、数々の霊験を顕したとされ、鳳来寺が薬師信仰の聖地となる礎を築きました。仙人は鳳来寺山の険しい岩窟で修行に励み、鳳凰を操り空を飛んだと伝わります。そして最後は三匹の龍に乗って昇天したという神秘的な伝説に包まれています。
籔内佐斗司((やぶうち さとし・1953年生)
利修仙人像を手がけたのは、奈良県のマスコット「せんとくん」の作者としても知られる、彫刻家で東京藝術大学名誉教授の籔内佐斗司氏です。氏は、仏像修復で培った確かな技術を基盤に、童子や精霊をモチーフとした独創的なブロンズ作品を数多く発表しています。
籔内氏が描く利修仙人像にもその独創性が反映されています。愛嬌と生命力に満ちたかわいい仙人は、氏独自の哲学が反映された造形となっています。古来の伝統的な精神性と、現代的なユーモアを融合させる籔内氏の手腕によって、開祖・利修仙人は今も石段登り口で参拝者を見守り続けています。
利修仙人の鳳来寺開山、家康公の誕生、文人たちの孤独、そして鳥の声に込められた祈りまで。深重な物語が1本の参道に凝縮されているのは、鳳来寺山ならではの魅力です。
田中毅 Official Website | 彫刻家 | Art | Japan
THE WORLD OF SATOSHI YABUUCHI SCULPTOR.籔内佐斗司の世界

















