鳳来寺山歌・その碑と漢詩

「鳳来寺山歌」の碑は、鳳来寺表参道ニノ門の西側に建てられています。これは、旧鳳来寺高校の教諭だった鈴木健一郎氏(号は「鳳山」)の詠んだ漢詩です。

この「鳳来寺山歌」は、利修仙人の開山から芭蕉・広重の足跡、ブッポウソウや傘すぎの情景まで、霊峰・鳳来寺山の魅力を堂々たる詩情で綴っています。

歴史と伝説の重厚感

文武天皇の時代まで遡る「利修仙人」の開山伝説から、一千二百年の歳月を「山暦」として捉える視点が、詩に時間的な深みと権威を与えています。

聖地としての静謐な描写

全山を「真珠岩」や「瑠璃界(浄土)」と表現し、千四百段の石段を「雲辺(仙界)」への入り口とする比喩によって、単なる観光地ではない宗教的な崇高さを描き出しています。

文化・自然の象徴的な調和

芭蕉や広重といった偉人の足跡と、ブッポウソウ(三宝鳥)や傘すぎといった固有の自然を対比させ、最後は「正気」や「浩然の気」という言葉で締めくくることで、人間精神の修養の場としての品格を完成させています。

まさに、鳳来寺山の悠久の自然と精神性を、一編の詩に見事に凝縮した名作と言えます。

鳳来寺山歌

東参の霊峰鳳来寺、全山一塊の真珠岩。境内宛として瑠璃界を為し、中腹に薬師の慈顔を拝す。

世人傳称す文武の際、利修仙人此の山を開くと。石磴一千四百段、登り尽せば衆人も雲邊に入る。

山暦一千二百歳、古来勝地郡賢を呼ぶ。俳神芭蕉坂况を吟じ、画聖広重仙寰を描く。

山中禽有り三宝鳥、電波妙聲を世間に傳ふ。坂畔木有り神仙樹、里俗讃称を傘杉と謂ふ。

鳳山秀拔攀登に堪へたり、眺望千里景観鮮か。男児元来正氣を尊ぶ、餘暇浩然として山嶺に詠ぜん。

(*漢詩碑横の「書き下し文」による)

鳳来寺山歌 漢詩碑
鳳来寺山歌

現代語訳

東三河の霊山である鳳来寺山は、山全体が一塊の真珠岩(松脂岩)でできている。 境内はまるで浄土(瑠璃界)のようで、中腹では薬師如来の慈愛に満ちたお顔を拝むことができる。

世の人々が語り継ぐには、文武天皇の時代に利修仙人がこの山を切り開いたという。 千四百段余りの石段を登り切れば、誰もが雲の間、仙境へと足を踏み入れる。

山の歴史は千二百年を数え、古くから名勝として多くの賢人たちを惹きつけてきた。 俳聖・芭蕉は険しい坂の情景を詠み、画聖・広重は仙人の住むようなこの景色を描いた。

山の中には「三宝鳥(ブッポウソウ)」がおり、その美しい鳴き声は電波を通じて世に知られている。 参道の脇には神聖な木があり、里の人々は親しみを込めて「傘すぎ」と呼んで讃えている。

鳳来寺山は抜きん出て美しく、登る価値がある。千里を見渡す眺望は鮮やかで素晴らしい。 人はもともと正しい気を尊ぶものだ。余暇には、この山嶺でゆったりと心を解き放ち、詩を詠もうではないか。

鳳来寺山歌の画像

禅風よ、振え : 角田春雄遺稿・追悼文集 – 国立国会図書館デジタルコレクション

鳳来寺悠久の歴史を刻む「鳳来寺」:家康誕生の伝説と源頼朝ゆかりの古刹 愛知県新城市に位置する鳳来寺は、大宝2年(702年)に利修仙人が開山したと伝わる名刹です。鎌倉時代には源頼朝の命…
続きを読む
 kixxto.com
鳳来寺

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です