城嶽神社の道しるべ – 奇談が伝わる御嶽信仰への道標

城嶽(じょうがだけ)神社の道しるべは、相楽ヒメハルロード沿いの「小荷場」にあります。

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道しるべの役割と歴史

この道標は、御堂山(みどうやま)山中にある御嶽(おんたけ)信仰の行場へのルートを示しており、現在も御堂山山頂への登山ルートの起点の一つです。

この御嶽行場は、慶応2年(1866年)に御津町西方の山口権助という人物によって開場されたと伝えられています。山口権助は、相楽町小畑ヶの不動院を開基した人物でもあります。その後、明治30年(1897年)には、登山道沿いに石像が建立されました。

道しるべにまつわる奇談

この城嶽神社の道しるべには、『大塚・相楽ふるさと博物館』に記された興味深い伝説があります。

御津町赤根の人が昭和28年(1953年)に紫川でこの道標石を拾い、庭に置物として飾ったところ、翌年から次のような不幸に見舞われました。

  • 健康不良
  • 家業の不振
  • 家族が事故などで障害を負う

この一家は、「道標石」が原因ではないかと考えました。そして、石を不動院へ持参し事情を話して引き取ってもらいました。すると、本人も家族も健康を取り戻し、家業も順調になったと伝えられます。

現代への帰還

この奇談の裏には、昭和27年(1952年)から行われていた御堂山街道の改良工事が関係しています。昭和28年(1953年)には、道しるべのあった「小荷場」までの工事が行われました。何らかの事情で土砂と一緒に道しるべが捨てられたと推測されます。

その後、昭和55年(1980年)に不動院から「元の位置へ戻しては」と連絡があり、27年ぶりの帰還を果たしました。現在は、改良されたヒメハルロード沿いで、静かにその歴史を見守っています。

城嶽神社の道しるべ
城嶽神社の道しるべ

城嶽神社の道しるべの画像

地図、行き方

『大塚・相楽ふるさと博物館』に掲載されている「相楽山荘駐車場から50メートル登った平場」はここです。ちなみに私は「さがらの森の駐車場から50メートル登った」と勘違いし、彷徨いました。

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