秋津社 – 「秋津」の理由
秋津社は、三谷町八舗の三谷小学校校門前に静かに鎮座しています。旧地名北区(現三谷町七舗〜八舗周辺)の氏神様です。
祭神は火之加具槌神。建速須佐之男命です。昔の三谷は火災の多い地域で、そのため秋葉山、火伏の神が各区にお祀りされています。また、三河湾に浮かぶ、三河大島にも「三谷に向かって北向きに」秋葉神社が鎮座しています。
ここ三谷町には、松区に同じ名称の秋津神社がもう一社あります。「秋葉」ではなく「秋津」です。
火之加具槌神(かぐつちのみこと)を祀る神社が「秋津」と称する理由
カグツチ神(火の神)を祀る神社が「秋葉」ではなく「秋津」を名乗る主な理由は以下のように考えられます。
水の神との併祀による鎮火(火防)の思想
「秋津」の神である速秋津比古神・速秋津比売神は水門や河口を司る神です。
火災(カグツチ)の災いを水(秋津神)の力で鎮め、祓い清めるという、相克を利用した信仰形態を採用したと考えられます。
地域的な地名・港との関連
「秋津」は「津」(入江、港)を意味する場所と結びつきが深いです。
三谷にある秋津神社・秋津社は海岸に位置しています。そのため、海上安全や港の守護の意味も込めて「秋津」の地名を社号に採用したためと考えられます。また、「秋葉」の「山」ではなく、「津=入江」に鎮座する神という意味で、秋津社としたとも考えられます。
古い神社の由緒と合祀の経緯
近世に火防信仰が広まる以前から、その土地に「秋津」の名を持つ神(水の神や地主神)が祀られていた可能性があります。
後からカグツチ神を合祀した際に、元の神社の社号(秋津)や古い地名をそのまま継承したため。
これらの理由から、「秋津」の社号は、単なる火防(秋葉)に留まらない、水による火の制御や地域の水辺との関わりといった、より多角的な信仰を示唆していると言えます。
三谷祭と三谷町の歴史
三谷祭と三谷の神社に関する調査から、この地域には火災が多かったため、火伏せの神を祀ったという経緯が広く見受けられます。
そして、その火伏せの神を含め、各神社を中心とした氏子組織が、現在も三谷祭を執行・維持しています。
重要なのは、これらの強固な氏子組織が持つ組織力と財力があったということです。その力を背景に、神社を勧請し、壮麗な祭り(三谷祭)を起こしました。そして、数百年にわたって維持管理することが可能であったという点です。
したがって、三谷町の歴史は、神社とその信仰、そしてそれを支えた地域社会の組織構造を中心として展開してきたと言えます。
今昔之三谷 – 国立国会図書館
愛知県神社名鑑 – 国立国会図書館
- 御祭神 火之加具槌神 建速須佐之男命
- 例祭日 7月第3土曜日
- 創建年 不詳
秋津社の画像








