秋津神社 – 三谷祭、火伏の信仰

秋津神社は、三谷町の松区の氏神様として、県道豊岡三谷港線沿いに静かに鎮座しています。この地域はかつて松葉と呼ばれ、その後「松区(松區)」へと変わりました。松葉は、古くから賑わう「街場(まちば)」が転訛した地名だと言われています。

三谷祭発祥の地

秋津神社がある松区は、三谷祭にとって非常に重要な場所です。

  • 祭りの起源. 三谷祭は、元禄九年(1696年)に三谷村の庄屋・武内佐左衛門が夢を見たことから始まります。
  • 初期の祭礼. 祭りは、最初の3年間、この松葉(松区)だけで行われたと伝えられており、三谷祭発祥の地とされています。
  • 現在の役割. 現在でも、松区は祭りの神事を司る宮元としての役割を担っています。

秋津神社の由緒と火災対策

愛知県神社名鑑』によると、秋津神社の創建は元禄年間(1688年~1704年)と推定されます。この頃、「松葉区に社祠を2か所建て」、その後大正年間になって「両社を会せて今の社地に秋津神社を建て祀る」という経緯が記されています。

三谷地区は古くから火事が多い地域でした。その状況は以下の記録からもわかります。

  • 大火の記録. 幕末の記録に残るだけでも2度の大火に見舞われています。(『蒲郡史談』)
  • 被害の比較. 蒲郡市誌』では、同時期の火災被害について「三谷村の8件に対して西郡町はわずか1件である」と具体的に比較されており、三谷地区の被害の大きさが際立っていました。

こうした背景から、火伏せ(ひぶせ)の信仰が厚く、秋葉神社が「二社建て」られ「各区に祀られていた」という記述も、火災に対する強い警戒心を示唆しています。(『今昔之三谷』)

火災の対策として、村内外から火伏せが行われました。具体的には、三河大島に秋葉神社が勧請され、また、天桂院にあった秋葉神社が五井山中に祀られました。

戦後になり、昭和34年(1959年)には三谷町松葉地区防火建築帯が完成し、近年は大火もなくなりました。しかし、三谷の各神社は今も変わることなく大切にお祀りされ続けています。

また、三谷町八舗には「秋津社」が祀られています。

秋津社 – 「秋津」の理由 – 蒲郡の旅

  • 御祭神 火之加具槌神 建速須佐之男命
  • 例祭日 7月第3土曜日
  • 創建年 元禄年間(1688年〜1703年)

秋津神社の画像

秋津神社の地図・行き方

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