八劔神社 – 三河国内神名帳記載の古社
八劔神社は、『三河国内神名帳』に名を残す古社で、寛治3年(1089年)の創建と伝えられています。その後、源頼朝の命を受けた三河国守護・安達藤九郎盛長により、建久元年(1190年)に再建されたと伝えられます。
主祭神は、古代の英雄である日本武尊(やまとたけるのみこと)です。
祭神と熱田神宮との深い関係
八剱神社は、熱田神宮の神霊が鎮座しています。そして、境内に合祀される源太夫神社は、主祭神の日本武尊との間に深い関係があります。
日本武尊は東国平定(東征)を終えた後、尾張国造の祖・乎止与命(おとよのみこと)の館に立ち寄り、その娘である宮簀媛命(みやずひめ)を妃としました。この乎止与命の別称が源太夫とされます。
日本武尊は、亡くなる前に伊勢神宮で授けられた「草薙神剣(くさなぎのつるぎ)」を宮簀媛命に預けました。媛がこの神剣を祀ったのが、熱田神宮の始まりとされています。
つまり、八劔神社には熱田神宮創建に深く関わる日本武尊と、その妃の父である乎止与命(源太夫)という二柱の神が並び祀られていることになります。
三谷祭(みやまつり)の由来
八劔神社は、「三谷祭」でも知られています。その起源は、元禄9年(1696年)に三谷村の庄屋・佐左衛門が「八劔大明神が村の東にある若宮神社へ渡御なされた」という夢を見たことに始まります。これを神のお告げとして、八劔神社の神霊を若宮神社へお遷しする神事(神幸)を行ったのが始まりです。
その後、この祭は海中を渡る渡御をはじめとする、三谷町を挙げての壮大な神事となりました。海中渡御は一時中断された時期もありました。しかし、近年では大勢の観客を集めて盛大に行われています。
八劔神社境内と信仰
広い境内には、源太夫神社のほかに、天満社、諏訪神社など九社の末社が鎮座しています。また、拝殿西側の社叢(鎮守の森)には、蒲郡の名木50選に選ばれたモチノキの巨木があります。
毎朝、氏子の方々が境内を清掃されており、地域に大切に守られている美しい神社です。
愛知県神社名鑑 – 国立国会図書館
今昔之三谷 – 国立国会図書館
- 御祭神 日本武尊
- 例祭日 10月第3あたりの土・日曜日
- 創建年 寛治3年(1089年)
八劔神社の画像








