日吉神社 – 山王信仰と地域豪族の歴史

蒲郡市豊岡町溝下の小高い丘に、日吉神社(ひよしじんじゃ)は鎮座しています。神域は東の若宮神社、西南の八柱神社と隣接しており、この三社でひとつの信仰の聖地を形成しています。

創建と社号の変遷

日吉神社の創建は天正9年(1581年)と伝えられています。

  1. 初期: 当初は現在の豊岡町梶田にある真牧寺(しんぼくじ)周辺に鎮座していました。そして「山王宮」と称されていました。この山王宮の境内には、小さなお堂(真木庵)があり、これが後に真牧寺となったとされます。
  2. 遷座: 寛永21年(1644年)に現在地へ遷座しました。その後も「山王宮」や「山王大権現」として信仰されました。
  3. 改称: 明治時代の神仏分離令により、現在の日吉神社に改称されました。(仏教的な呼称である「山王権現」を廃しました。)なお、遷座先の真牧寺は、今も山号に「山王山」の名を残し、神社の旧名をとどめています。

祭神と勧請の経緯

日吉神社の起源は、天台宗の総本山である比叡山延暦寺の守護神、近江国・日吉大社(山王権現)の信仰にあります。

  • 主神: 日吉大社の地主神である大山咋神(おおやまくいのかみ)と、国家鎮護のため勧請された大己貴神(おおなむちのかみ。大物主神と同一視される)を核として祀ります。
  • 「山王二十一社」の勧請: 当社は近江国日吉大権現より山王二十一社すべてを勧請したと伝わります。二十一柱の神々が鎮座しているとされています。

山王信仰の拡大と地域史

山王信仰は、比叡山延暦寺が政治的・軍事的に勢力を拡大した平安時代後期から中世にかけて全国に広まりました。そして、勧請された神社は「日吉神社」や「山王社」と呼ばれました。

蒲郡史談』などが指摘するように、この地方の多くの寺院が16世紀まで天台宗であったことを考えると、日吉神社も天台宗の影響があったと推測できます。

また、創建と遷座の時期(16世紀後半〜17世紀前半)は、織田信長による延暦寺焼き討ち後の復興期です。そして神仏分離以前の混乱期にあたります。この時期に「山王宮」が寺院と離れて山上の現在地へ遷座したことは、当時の地域信仰における何らかの大きな変遷があったことを示唆しています。

社家と聖域の成り立ち

日吉神社は宮瀬氏の奉斉神、若宮神社は大場氏が社家であったと伝えられています。

この豊岡町の軒山一帯(軒山、溝下、溝水)は、八柱神社(八柱)、日吉神社(二十一柱)、若宮神社といった多数の神々が近接して祀られています。また、地域豪族(郷士)が社家として神社を創建し運営していました。一箇所に集積し、地域の聖域を形成する絆と力があったと考えられます。

愛知県神社名鑑 – 国立国会図書館
神社を中心としたる宝飯郡史 – 国立国会図書館

  • 御祭神 大山咋命 大己貴神
  • 例祭日 4月第1日曜日
  • 創建年 天正9年(1581年)

境内社に津島神社(建速須佐之男大神 大穴牟遅大神)

日吉神社の21祭神 – 蒲郡の旅

日吉神社の画像

日吉神社の地図・行き方

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