八幡社(五井) – 安達盛長が再建しました
八幡社(五井)は、蒲郡市五井町岡海道にある五井城があったとされる付近に静かに鎮座しています。神社の西側には五井松平家の菩提寺である長泉寺が、東側には鵜殿氏ゆかりの古城山真清寺があります。
創建と再建
八幡社(五井)の由緒によると、久安年間(1145年〜1150年)に勧請され、その後、建久元年(1190年)には、当時の三河国守護であった安達藤九郎盛長が社殿を再建したと伝えられています。また、寛正五年(1465年)には、藤原秀行によって造営が行われたとも伝えられています。
安達藤九郎盛長は、源頼朝の命を受け、三河各地の社寺の再興や造営に携わりました。彼が再興した寺院群は「三河七御堂」と呼ばれ、長泉寺もその一つです。また、蒲郡市内では長泉寺のほかに、かつて相楽町にあった御堂山全福寺(現在は廃寺)も七御堂に含まれます。長泉寺には、安達藤九郎盛長の五輪塔が残されています。
藤原秀行と五井松平家の崇敬
藤原秀行については、棟札や古文書に「藤原朝臣秀行」の名が残るものの、その地位や役職などの詳細は不明です。ただし、『蒲郡史談』では、蒲郡の大村氏が九州肥前国彼杵郡大村郷の出身であるとし、秀行と大村氏との関連を示唆しています。(肥前大村氏の祖は藤原純友の孫とされる藤原直澄です。)
また、同書では八幡社(五井)について、「かつては熊野神社であり、鵜殿十郎蔵人の崇敬を受けていた時期に、大村氏が関わったのではないか」と推測しています。
その後、八幡社は五井松平家の崇敬を篤く集め、松平信長、景忠の時代にも造営が行われました。特に天正6年(1578年)には、徳川家康が参拝したという記録も伝えられています。
祭神と境内社
祭神は、誉田別命(ほんだわけのみこと、応神天皇)、神功皇后(じんぐうこうごう)、大鷦鷯命(おおさざきのみこと、仁徳天皇)です。
稲荷神社、津島神社、天満神社、秋葉神社、金山神社が境内社として祀られています。また、竹谷町内山の阿須賀天満社は、この八幡社(五井)の飛地境内社となっています。
社殿の造りも大変美しく、歴史を感じさせる神社です。
- 御祭神 誉田別命 神功皇后 大鷦鷯命
- 例祭日 10月第1日曜日
八幡社(五井)の画像





