若宮神社(神ノ郷) – 西の郡 加藤氏の系譜

若宮神社(神ノ郷)は、蒲郡市神ノ郷町一町田の蒲郡西部小学校の北側に静かに鎮座しています。この神社は、神ノ郷神明社と同様に、加藤氏によって創建されたと伝えられています。

加藤氏の系譜

この地にゆかりのある西郡の加藤氏について、『蒲郡市誌』には「本姓を三好と称し、新羅三郎義光(源義光)の流れを汲む」とあります。また、『蒲郡史談』によると、「信州立石城で討ち死にした三好彦三郎長晴の子である長義と義広の二人が落ち延び」たのが始まりとされています。

弟の義広は、加藤氏に迎えられ、善左衛門と名乗って西郡の馬場に住み着きました。この善左衛門の子が、徳川家康の側室・西郡の局の兄にあたる加藤彦十郎です。

彦十郎は、上ノ郷の殿市場から市場神を移して「六斎市」、通称「五・十の市」を開き、下ノ郷の街づくりを主導しました。彼はまさに、下ノ郷開発の祖と言える人物です。(市場神と印内石 – 鵜殿氏から続く蒲郡市本町の物語 – 蒲郡の旅

なお、後代には、医師にして俳人として知られる加藤謙斎(けんさい)烏巣(うそう)がこの加藤家の出身で、現在も長存寺の墓所に歴代当主と並んで弔われています。

若宮神社の創建と遷座

若宮神社(神ノ郷)を創建したのは、加藤家の一族と思われる加藤三左ヱ門の二男・三七郎直喜だと伝わっています。『愛知県神社名鑑』の寺伝には、「直喜は織田信長に仕えたが、天正12年(1584年)に辞して上ノ郷村の殿市場に住み、同18年(1590年)2月9日、守護神を同地に奉斉したのが当社の創建である」と記されています。

その後、4代目の多左ヱ門秀喜が寛文2年(1662年)に、神社を現在の場所へと遷座したと伝えられています。

現在、若宮神社の境内は、小学校や公民館の近くにあります。そして、地元の人々にとって地域の鎮守の広場といった趣の明るい空間となっています。

  • 御祭神 応神天皇 仁徳天皇
  • 例祭日 5月第1日曜日

若宮神社(上ノ郷)の画像

地図・行き方

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