専覚寺 – 講師 潜龍之碑

専覚寺の歴史

専覚寺は、蒲郡市御幸町に、松やソテツの老木がそびえ立つ、美しい寺院です。山号は楠木山、真宗大谷派です。(なお、蒲郡町の合併前は「大字蒲郡字楠木」という地名でした。)専覚寺の歴史は古く、もとは楠井山西光院という天台宗の寺院でした。当時の住職であった西念は、親鸞聖人の弟子となり、真宗に改宗したと伝えられています。しかし、天正年間(1573年~1592年)の初めに火災に見舞われ、その頃の詳しい記録は残っていません。慶長6年(1601年)、この地の領主となった松平忠利は専覚寺を深く信仰し、多くの寄進を行ったとされています。これにより堂宇や伽藍が大きくなり、元禄5年(1692年)に現在の名称である「楠木山専覚寺」に改められました。本尊の阿弥陀如来立像は、この時に授けられたものと伝えられています。

潜龍(せんりゅう)と貫玄(かんげん)について

楠潜龍は、東本願寺の僧侶の教育機関で、大谷大学の前身にあたる「学寮」の講師でした。また、寺内に「春風舎」を設けて学徒を育成しました。専覚寺境内に「講師 潜龍之碑」が建てられています。この碑は潜龍和尚の功績を称えるものです。潜龍和尚は、西尾市室町の順成寺住職得成(とくじょう)の次男として生まれましたが、生まれる前に父を亡くし、義父である了皆和尚に育てられました。その了皆和尚は、もともと専覚寺の出身です。一方、貫玄は、専覚寺住職の長男として生まれましたが、幼い頃に実の父である了演和尚を亡くしました。了演和尚の後を継ぎ住職となったのが、潜龍和尚です。潜龍は、貫玄の義父として彼を育てました。また、貫玄和尚は、孝子として表彰されるほどの親孝行でした。(ちなみに、今の若住職もたいへん人柄の良い人だとうかがっています)

蒲形堂について

専覚寺には、保内西国三十三か所霊場の第9番札所の「蒲形堂」がありましたが、玉泉院(安楽寺塔頭)に移されています。そのため保内西国霊場は、8番善応寺 – 9番玉泉院 – 10番十王堂になります。ただ、安楽寺が14、15、16番なので、併せてお参りすると良いと思います。また、境内にある「専覚寺の大マツ」と「専覚寺のソテツ」は、それぞれ蒲郡の名木50選にも選ばれています。

  • 寺号 楠木山 専覚寺
  • 本尊 阿弥陀如来
  • 宗派 真宗大谷派
  • 創建 年代不詳 釈西願(蒲郡市誌による)

専覚寺の画像

地図・行き方


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