金蔵防 – 僧・金蔵の生涯
2025年9月15日
金蔵防と薬師寺
金蔵防(きんぞうぼう)は、蒲郡市平田町の旧国坂街道沿いにあり、そこは平田の薬師寺にあった僧坊の一つでした。
薬師寺は、慶長元年(1596年)に松並通全(まつなみ・つうぜん)が鳳来寺の薬師如来を授かり、一宇を建てて「鳳来山護摩寺」と名付けたのが始まりとされます。その後、一山六坊を擁する大寺となり、「平田山薬師寺」と改称されました。その六坊のうちの一つが、僧・金蔵がいたと伝えられる金蔵坊でした。
金蔵防の石塔と伝説
「金蔵防」は、現在は「坊」ではなく「防」の字を当てます。これは、村全体を厄災から防ぐ、という人々の願いが込められているためだそうです。
この地で、僧・金蔵が自ら深い穴を掘り入定したと伝えられます。そして、そこに石塔が残されています。薬師寺までは直線距離で約400メートルの場所に位置し、高台にあるため、今でも薬師寺の墓地あたりを見ることができます。
この石塔は、正面からお参りできるようにテラスが設けられています。そして、きれいに整備され、大切にされているようです。また、この近くには薬師寺を開山した松並通全の石塔(五輪塔)もあり、子孫によって代々守り伝えられています。
なお、金蔵坊の入定に関する伝説は、『広報がまごおり 2015年11月号』に掲載されています。

金蔵防の画像






