素盞嗚神社(枯木の宮) – 枯れ木の宮の由来
素盞嗚神社(枯木の宮)は蒲郡市形原町羽栗に鎮座し、明治の神仏分離令が施行されるまでは牛頭天王宮と呼ばれていました。
神社の由緒によると、創建は室町時代末期の弘治年間(1555年〜1557年)とされます。当時、この地域に疫病が流行した際、尾張国(現在の愛知県西部)の津島神社から牛頭天王の分霊を勧請したのが始まりです。慶長5年(1600年)の社殿改築時の棟札には、「奉造立牛頭天王御社」という記述が見られることからも、当時の信仰のあり方が裏付けられます。
「枯木の宮」の由来
「枯木の宮」という独特な名称の由来については、かつて境内にあった、枯れてもなお高くそびえ立っていた大木にあります。人々はその木を「神様のお休み木」として崇め、この枯木があったことから「枯木の宮」と称されるようになりました。
この大木は天明年間(1781年〜1788年)の暴風により倒れてしまいました。しかし「枯木ノ宮」の名は残り続けています。現在、その木材の一部は「枯木宮名称樸(かれきのみやめいしょうほう)」として額に納められ、拝殿の向拝(こうはい)の上にその姿を見ることができます。
地域に伝わる秋祭り「エーン曳き」
当社の秋祭りでは、屋形船の山車を曳く「エーン曳き」が奉納されます。この船は「枯木丸」と名付けられいます。その由来は、伊勢の木曳き神事と伝えられています。明治の初め頃、形原町内の漁師たちが大漁と海上安全を祈願して始めたとされています。
境内と残る風景
境内には他に「力石」や「子護磐(こまもりいわ)」などが残されています。『神社を中心としたる宝飯郡史』では「四圍(しい)の風光頗る佳(よ)し」(周囲の景色が非常に美しい。)と評されました。ただ、時代とともに生い茂った木々により、当時の風景とは多少異なっているようです。
愛知県神社名鑑
素盞嗚神社秋祭 | 愛知県の山車まつりポータルサイト
津島神社 – 全国天王総本社
- 御祭神 素盞嗚命
- 例祭日 10月第2日曜日
素盞嗚神社(枯木の宮)の画像








