龍田天神社 – 主人なしとて龍田忘れそ

西浦町上堂前の静かな山中腹に鎮座する龍田天神社。公的な名称は「天神社」ですが、地元ではかつての鎮座地にちなみ、今も「龍田(たつだ)天神社」の名で親しまれています。かつては橋田海岸の天神堂にありましたが、享和元年(1801年)に現在地へ遷座したことが棟札に記されています。

神仏習合と歴史の結びつき

『神社を中心とする宝飯郡史』によれば、明治維新まではガン封じで知られる無量寺が別当寺を務めていました。こうした神仏習合の名残や遷座の歴史は、今も地域の祭礼に色濃く受け継がれています。例祭では、橋田海岸近くの龍田会館を出発した屋形船の山車が、急な坂道を越えてこの天神社まで引き上げられます。

学問の神と歩む地域の誇り

祭神には、学問の神様として知られる菅原道真公を祀っています。山車が休憩を挟む阿弥陀堂周辺がかつての鎮座地であったと推測されるなど、祭礼の歩みそのものが西浦の変遷を辿る道筋となっています。龍田天神社は、地域の歴史と風格を今に伝える大切な拠り所です。

  • 御祭神 菅原道真
  • 9月第3日曜日

龍田天神社の画像

龍田天神社例祭 | 愛知県の山車まつりポータルサイト あいちの山車まつり

龍田天神社の地図・行き方

天神社へは、東側の上堂前池からが表参道になっています。また、北側の神田池からは境内近くまで車道が通じています。

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