竹島の採石場 – 残石

竹島の採石場は、竹島の焙烙岩周辺にその痕跡をみることができます。名古屋城の石垣には、三河湾北岸の地域のもの多く使われていると言われます。蒲郡市内では、竹島と西浦半島周辺にも名古屋城石垣採石場跡があります。また、それらの場所や神社の境内など数か所で、残石を見ることができます。

焙烙岩に刻まれた「矢穴」と歴史の証

竹島八景の一つに数えられる美しい焙烙岩ですが、その表面をよく見ると、採石の際につけられた「矢穴(やあな)」が模様のように並んでいます。調査資料によれば、この岩の周囲には大名の関与を示唆する痕跡があり、現在も当時の石工たちの息遣いを伝えています。

毛利家との繋がりを示す刻印石

焙烙岩の近くには「一引きに〇(丸)」の紋が刻まれた石が残されており、これは長州藩主・毛利秀就のものとされています。この刻印の存在から、竹島は毛利家が担当した採石丁場であった可能性が極めて高く、名古屋城という巨大建築を支えた歴史的遺構として重要な価値を持っています。(身近な地質スポット愛知県 蒲郡市/「竹島」

池田輝政の刻印石と八王子神社の石垣 – 蒲郡の旅

竹島の採石場の画像

地図・行き方

竹島の採石場・焙烙岩は、干潮時にしか近づくことができません。


参考文献

壁谷善吉著.(2019).『加藤清正は名古屋城天守台の石をどこで採ったか』
星 博幸・森里真希,2019,愛知県蒲郡市竹島に分布する領家花崗岩類の帯磁率.名古屋地学,81,15-20. pdf URL

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