五井農場由来碑:蒲郡みかん繁栄の礎を築いた学び舎の跡
蒲郡市五井町の長泉寺と八幡社の間を通る市道を北へ進むと、傍らに「五井農場由来碑」が見えてきます。ここはかつて、蒲郡高校農業科(旧・蒲郡農業学校)の実習農場があった場所です。

蒲郡農業学校による開拓の歴史
五井農場由来碑には、昭和7年(1932年)に長泉寺の所有地を借りて「五井農場」が創設された歴史が刻まれています。当初は1町歩(約1ヘクタール)の蜜柑経営から始まりましたが、昭和12年からは拡張計画を推進。戦時下の昭和19年には、8町歩にも及ぶ大規模な柑橘園へと開墾されました。その情熱はやがて実を結び、蒲郡蜜柑を「郷土名産の主座」へと押し上げ、地域の暮らしを支える基盤となったのです。
時代の変遷と安城農林高校への継承
しかし、時代の移り変わりとともに教育課程も変化します。昭和44年度(1969年度)をもって、蒲郡高校の農業科・園芸科が廃止されることとなりました。
碑文には「本校の農業科廃止に伴い、この農場を安城農林高校に移管するに際し」との一節があり、昭和46年(1971年)に農場は安城農林高等学校へと引き継がれました。移管時に建立されたこの碑は、「願わくば功業の永らく朽ちらんことを」という、先人たちの切なる願いで結ばれています。
役割を終え、みかんの聖地として
昭和46年3月、約2万8千平方メートルの「蒲郡みかん園」として新たなスタートを切りました。しかし、平成10年(1998年)には安城農林高校も撤退することとなりました。
かつて実習棟が建ち、学生たちの活気にあふれていた場所は、現在では静かな時が流れています。しかし、この地で培われた技術と情熱こそが、全国に知られる「蒲郡みかん」の原点であり、由来碑はその誇り高き歴史を今に伝えています。



参考文献
五井町文化財調査委員会編.2023.『五井の歩き方』.三恵社.
本校の歴史 | 安城農林高等学校.
ああ旧制中等学校 : 愛知県 – 国立国会図書館デジタルコレクション