仲仙寺奥の院・峠の観音様
五井山の中腹に位置する「仲仙寺奥の院(ちゅうせんじおくのいん)」は、観世音菩薩を本尊とする霊場です。その起源は天平元年(729年)、聖武天皇の勅令を受けた行基が自ら六体の観音像を彫り、この地に寺院を創建したことに始まると伝えられています。
かつてはここが仲仙寺の本拠でした。しかし、天正3年(1575年)の長篠の戦いによる兵火で伽藍が焼失。その後、寛永18年(1641年)に山麓の金野へ本寺が移転したことに伴い、現在は「奥の院」として信仰を繋いでいます。
境内に集いし三十三観音の石仏群
境内に安置されている三十三体の観音像は、もともと国坂峠から続く参道沿いに祀られていた「写し三十三観音霊場」の石仏です。参道には今も石の祠が残っていますが、石仏自体は保存と拝礼のためにこの境内へと集められました。
猟師の悔悟を伝える「殺生石」の伝説
奥の院には、殺生を戒める悲しい伝説が残っています。昔、渥美の猟師が金割山で猪を撃ちました。そして、その血痕を辿ると、猪は奥の院の境内で息絶えていました。猟師は「観音様が身代わりとなって殺生を止めようとされた」と悟り、自ら命を絶って罪を償ったといいます。村人たちがその魂を弔うために建てたのが「殺生石(せっしょうせき)」と呼ばれる塚です。お堂の裏山にあったと伝えられていますが、姿を確認するのが困難な史跡となっています。
登山者で賑わう展望の休憩拠点
国坂峠からの登山ルート上に位置する奥の院は、広い境内と南側の素晴らしい眺望を併せ持っています。そのため、五井山を目指す登山者の絶好の休憩スポットとなっています。トイレも設置されており、山歩きの心強い拠点です(※凍結・渇水時は使用不可)。
なお、山頂へ続く「観光道路(林道)」は私有地のため、国坂峠のゲートが閉鎖されており、一般車両の通行はできません。登山道を歩く者だけが味わえる、静謐な山の空気と仏教文化の息づかいがここにはあります。






仲仙寺奥の院の地図・行き方
国坂峠、五井山からの登山ルート
仲仙寺・行基開山と戦火を越えた歴史を刻む古刹 – 豊川の旅.
十一面観音堂(御瀧観世音) – 豊川の旅.
参考文献
御津町商工会
豊川市教育委員会編.令和2年.『新版 豊川市の歴史散歩』.豊川市.