五井城
2026年2月16日
五井松平家代々の居城「五井城」
五井城は、平安時代末期に源行家(新宮十郎)が築城したと伝えられる古城です。その後、鵜殿氏の居城を経て、松平信光の七男・忠景を始祖とする「五井松平家」の拠点となりました。天正18年(1590年)、6代伊昌(これまさ)が徳川家康の関東移封に伴い下総国(千葉県)へ移ったことで、廃城になったと言われています。なお、初代から5代までの歴代当主の墓所は、五井町の長泉寺に現存しています。
*『蒲郡史談』では、五井城築城の十郎蔵人行家は、熊野行者「鵜殿十郎蔵人行家」と説いています。
発掘調査と城郭の面影
城域は真清寺付近を大手門とし、八幡社にかけて広がっていたと推定されています。御宮池(おみやいけ)は当時の堀の一部であったという説があり、『五井の歩き方』には「昭和末期まで池の南東に土塁が残っていた」との記述があります。
また、昭和62年の発掘調査では、15世紀頃の山茶碗や土鍋の破片が出土し、五井松平家がこの地に進出した時期と一致することが確認されました。明確な城郭遺構の特定には至りませんでしたが、当時の生活の跡を物語っています。
今に伝わる城門の遺構
城の建造物については、長泉寺の山門が「五井城の城門を移築したもの」として今に伝わっています。一方、別の説では真清寺の山門(現在は撤去され礎石のみ現存)が城門であったとも言われており、かつての城の姿を想像させる貴重な手がかりとなっています。
五井城の画像






五井城の位置
『五井城絵図』(浅野文庫)をもとに、マップ上に城のあった場所を示しています。
地図・行き方
参考文献
五井町文化財調査委員会編.2023.『五井の歩き方』.三恵社
蒲郡史談 – 国立国会図書館デジタルコレクション