坂本町・深山における神仏の歩み:薬勝寺から勝善寺へ
2026年2月10日
坂本町の「深山」という地を舞台に、熊野信仰がどのように根付いたのか、そして三寺社の姿になったのか、その経緯を紐解きます。
1.信仰の始まり:薬勝寺(鎌倉時代初期〜)
最も古くからこの地の拠点となったのは薬勝寺と考えられます。
1208年(承元2年): 熊野別当の永範・行範親子により、熊野三社の本地仏(阿弥陀・薬師・千手観音)が薬勝寺などに祀られました。現在「勝善寺」にある県内最古の梵鐘も、元はこの時期に薬勝寺のために鋳造されたものです。
2.神社の勧請:熊野神社(室町時代初期〜)
寺院の勢力が確立した約180年後、神としての形が整えられます。
1394年(応永元年): 坂本町の深山、現在の勝善寺がある場所に、紀州熊野神社から神霊を迎え、熊野神社が勧請されました。神仏が同じ地で共存する「神仏習合」の原風景がここにありました。
3.観音信仰の継承と移転:勝善寺(江戸時代〜現在)
時代の変化とともに、信仰の中心は「坂本の観音様」へと移り変わります。
かつて薬勝寺や熊野神社が一体となっていた信仰圏の中で、本尊の千手観音を祀る場所が現在の勝善寺として整備されました。
明治の神仏分離などを経て、かつて薬勝寺が所持していた国指定の梵鐘や由緒は勝善寺へと引き継がれ、熊野神社は現在の社地に分かたれました。



