鳳来寺の僧坊・祈りの道

鳳来寺参道には、多くの僧坊が立ち並んでいた祈りの道でした。『鳳来寺山の歴史』(1983年刊)や『鳳来寺山内之図』によれば、仁王門から順に、藤本院、不動院、医王院といった数々の院や坊が続き、本堂南側には松高院などの有力な寺院が配置されていました。最盛期の明応・文亀年間(1492年〜1503年)には24坊を数えたと伝えられています。

時代の翻弄と寺領の変遷

鳳来寺の勢力は、時代の波に大きく影響を受けました。徳川家康の関東移封に伴い、豊臣秀吉の統治下で寺領が削減されると、多くの僧徒が山を下り衰退を余儀なくされます。しかし、江戸幕府が成立し徳川家との縁から再び寺領が増えると、天台・真言両宗を合わせて14院5坊にまで復興を遂げました。

火災の歴史と現在の姿

現在のような石段沿いに棚田状の僧坊跡が広がる景観は、元和6年(1620年)の大火による再建以降に形成されたものです。「堂社僧坊ことごとく炎上」と言われるほどの大火を乗り越えましたが、その後も明治25年の火災など、度重なる災禍に見舞われました。かつての賑わいを見せた多くの僧坊も、今では松高院と医王院の2院を残すのみとなり、静かに歴史を語り継いでいます。

鳳来寺の僧坊

『鳳来寺山内之図』には、山門(仁王門)から順に、藤本院、法花院、般若院、実泉院、僧道院、不動院、円琳院、円竜坊、日輪院、杉本坊、長順坊、医王院、中谷坊、円蔵房、一乗院、等覚院、尊教坊、岩本院とあります。また、少し離れて本堂南側に松高院、月蔵院と吉祥院が記載されています。

鳳来寺の僧坊マップ

鳳来寺山の歴史 : 寺と戦国武将 (長篠戦史資料編 ; その7) – 国立国会図書館デジタルコレクション


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鳳来寺

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