笹子古墳 – 古代豪族の痕跡と美しい出土品
笹子古墳(ささごこふん)は、JR三河大塚駅の北北東約250メートルの位置、かつて笹子山と呼ばれた小高い丘に築かれていたと伝えられています。築造は5世紀中頃(450年頃)と推定されています。そしてその墳丘は60メートルから70メートルに及ぶ前方後円墳でした。
国立博物館に収蔵された華麗な副葬品
大正時代に行われた発掘調査により、笹子古墳から貴重な副葬品が出土しました。特に「鳥形装飾付脚付長頸壺(とりがたそうしょくつききゃくつきちょうけいこ)」をはじめ、「脚付短頸壺(きゃくつきたんけいこ)」や「銀環」などの装身具が発見されています。これらの出土品は現在、国立博物館に収蔵されています。
「鳥形装飾付脚付長頸壺」は、壺の肩部に小さな壺を四つ配しています。そして、その蓋に四羽の鶏を施した、極めて装飾性の高い優美な品です。1500年前にすでにこのような高い技術とバランス感覚に基づいたデザインが存在していたことは、驚きに値します。
消滅した古墳の現在
笹子古墳は、残念ながら耕地化などによりほとんど失われています。現在その跡地には、小さな祠と、石室に使われていた石材の一部が残され、当時の名残を留めています。
海岸部の丸山古墳
丸山古墳は、笹子古墳とほぼ同時期に築造された前方後円墳でした。そして、現在の市営丸山住宅のあたりにありました。丸山は海岸部にある「鼻」のような形の丘で、現在もその標高を保っています。
しかし、丸山古墳もまた墳丘が滅失しており、その跡を見ることはできません。太平洋戦争中にこの丘の上に探照灯が設置されました。そして、その工事などによって失われたと言われています。ただし、発掘調査によって円筒埴輪片などが出土しており、古墳であったことが確認されています。
この二つの古墳の存在は、5世紀頃の三河大塚周辺を支配していた有力な豪族の存在と、高い技術を持っていたことを裏付けています。
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笹子古墳の画像





