大門常夜燈・百束のわらじ
大門常夜燈は、蒲郡市大塚町広畑の素盞嗚神社境内にあります。
この常夜燈は、玉垣に沿って東西に延びる平坂(へいさか)街道にあります。常夜燈の南側の地名が「大門」であったことから、その名で呼ばれています。
燈籠には、「秋葉山・村中安全・文化壬申(みずのえさる)九正月吉日」の銘が刻まれています。これは、江戸時代の文化9年(1812年)に建立されたことを示しています。また、秋葉山は火伏せの神として知られ、常夜燈が地域の安全を願って建てられたことがわかります。
また、素盞嗚神社には、鳥居をくぐった先にもう一対の灯籠があります。こちらは比較的新しく、「大嘗祭(だいじょうさい)記念」の銘が刻まれています。
かつて境内には、「百束(ひゃくそく)のわらじ(草鞋)」の昔話に登場する、稲石太郎左衛門が奉納した燈籠があったと伝えられています。
百束のわらじ
「百束のわらじ」は、天明の飢饉(ききん)により村人の生活が困窮していた天明3年(1783年)に起こった、名主(庄屋)稲吉太郎左衛門(いなよし たろうざえもん)の直訴(じきそ)の物語です。
当時、大塚村には東海道の宿場を支援する過酷な課役である「助郷(すけごう)」が課されていました。そして飢饉と重なり村は窮状にありました。その頃は、幕府の政策に異を唱えれば死罪になる時代でした。しかし、太郎左衛門は村を救うため死を覚悟し、百束のわらじを携えて江戸へ直訴に向かいました。
その結果、太郎左衛門の直訴は認められ、助郷の負担が軽減(減免)されました。
この功績を記念し、太郎左衛門は村の氏神様に燈籠(とうろう)を奉納しました。『相良・大塚ふるさと博物館』によると、その燈籠は平成2年(1990年)に倒壊の恐れがあったため、新たに作られて奉納されたという記述があります。
参考文献 『大塚・相良ふるさと博物館』
蒲郡市誌 本編 – 国立国会図書館
大門常夜燈の画像



