神明社(大塚) – 社殿は「式年遷宮」古材です
2025年10月30日
神明社(大塚)は、大塚町西屋敷の平坂街道沿いに静かに鎮座しています。
伊勢信仰と歴史的背景
この地域は、伊勢神宮の所領に関する記録である『神鳳抄(じんぽうしょう)』(延文5年/1360年頃編纂)に記載された「大墓御厨(おおつかみくりや)」や「大草御園(おおくさみその)」があった場所とされています。
御厨神明社の一つ
『神社を中心としたる宝飯郡史』では、この神明社(大塚)を『神鳳抄』に記された大墓御厨の地にある御厨神明社の一つと指摘しています。
「田の神」からの遷座
社伝によれば、もとは「田の神(現在の百田)」の地にあったとされます。また、付近に残る「榊(さかき)」「榊田」「神田川(かんだがわ)」などの地名は、伊勢神宮の領地「新宮神田(しんぐうしんでん)」の遺称とされています。
神明社(大塚)は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)を主祭神とし、伊勢神宮内宮を総本山とする、蒲郡市内唯一の「神明社」です(『蒲郡市誌』)。このことは、この地における伊勢信仰の名残を強く印象づけています。
社殿の変遷と特徴
再建と改称
創建の時期は不明ですが、天文10年(1541年)に大塚領主の岩瀬河内守氏安によって再建されたと伝えられます。その後、明治5年(1872年)に「神明宮」から「神明社」へ改称されました。
遷宮の古材と山岡鉄舟
「大塚・相楽ふるさと博物館」の解説板によると、社殿は伊勢神宮の式年遷宮の折に古材を譲り受けて建立されたと伝えられています。また、社号額は幕末・明治の山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)の筆によるものです。
境内の記念碑
境内には、国のために命を捧げた人々を祀る招魂社と戦没者慰霊碑が建てられています。
それに並んで、明治天皇の御製碑(「かぎりなき 世にのこさむと国のため たふれし人の 名をぞとどむる」)が建てられています。
- 御祭神 天照大御神 豊受皇大御神
- 例祭日 10月第2日曜日
- 創建年 不詳
神明社(大塚)の画像






神明社(大塚)の地図・行き方
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