神明神社(三谷) – 御上神楽も渡御します
蒲郡市三谷町須田の旧平坂街道沿いに、神明神社(三谷)は静かに鎮座しています。創建は古く、白鳳元年(672年)と伝わる由緒ある神社です。
由緒と社号の変遷
神明神社(三谷)の創建には、海中から現れた神像にまつわる伝承があります。
吹上明神の起源
白鳳元年、海中から金属製の神像が吹き上げられ、老松の根元に留まりました。村人はそこに祠を建て、「田の神」として祀り始めたのが当社の起源と伝えられています。この伝承から、かつては「吹上明神」と称されたこともありました。
神明号の賜与
境内から伐り出した大樹を伊勢神宮に献上した際、その木が伊勢に無事漂着し「神の意に叶った」とされます。これにより、伊勢神宮からその功を嘉納され、旧称の「田の神」を改め、「神明」という社号を賜ったと伝えられています。
社殿の変遷と境内の現状
旧社地
当社はもともと、現在の築山(つきやま)の位置に鎮座していたと伝えられています。現在の社殿周辺は、古い神社を核として街や道路が整備された形跡が見られ、歴史を感じさせる街並みです。
現在の社殿
社殿は、昭和12年(1937年)に熱田神宮から下附された御神木を用いて、旧社地から現在の場所へ再建されたものです。
神明神社(三谷)の境内
境内には神明チビッコ広場が設けられ、遊具が整備されています。また、西区会館が隣接し、地域のコミュニティ活動の場としても利用されています。
神社制度改革と三谷祭
社格の変遷
明治初期の神社制度改革において、一時的に八剣神社の境内社とされましたが、明治33年(1900年)に独立した神社として復旧しました。その後、昭和16年(1941年)には指定村社に列せられました。
三谷祭との関わり
西区はここ神明神社と八剣神社の二重氏子になっています。三谷祭では、神明神社の獅子頭(「御上(いんきょ)神楽/陰居神楽とも」の獅子面)が、試楽に八剣神社に渡って泊まり、翌日も神輿と共に渡御します。この「御上神楽」獅子頭単独の神輿があり渡御します。三谷祭との関係も深い神社です。
- 御祭神 大日孁貴尊
- 例祭日 4月第3日曜日
- 創建年 白鳳元年(672年)
神明神社(三谷)の画像






