若宮神社(豊岡)- 伊藤天章氏が示唆する祭神の謎
蒲郡市豊岡町溝下の小高い丘の頂に、若宮神社(豊岡)は静かに鎮座しています。市内には三谷町、上ノ郷にも同名の神社があり、その多くは八幡信仰と関連付けられます。
「若宮」の一般的な意味と当社の祭神
「若宮」という名称には、主に二つの解釈があります。
御子神説
主神である応神天皇の御子神(若い宮様)である仁徳天皇を指す説(当社の御祭神も仁徳天皇とされる例が多い)。
新宮説
祭神の血縁とは関係なく、「新しく勧請・建立されたお宮」を意味する説。
若宮神社(豊岡)の御祭神は一般的に仁徳天皇とされます。ただ、地元の歴史書である『蒲郡史談』は、この神社の創建にまつわる独自の解釈を示しています。
地元豪族・大場家と祭神の深層
『蒲郡史談』は、若宮神社が鎮座する牧山地区の豪士・大場家の歴史に注目し、祭神を考察しています。
地域開発と白山神社
若宮神社(豊岡)の創建(天文9年/1540年)より後の時代、牧山の豪士・牧山喜三郎の娘婿である大場九郎左エ門が、この地域の新地開墾という偉業を成し遂げ、牧山大場家の祖となりました。
社家(神職の家系)の経緯
大場九郎左エ門の義父である牧山喜三郎は、豊岡の白山神社の社家でした。その後、大場家がその宮守の地位を引き継ぎます。そして、白山神社を現在の地(1659年)に遷座・建立しました。
史談による新宮説の提唱
『蒲郡史談』は、大場家が白山神社の社家を引き継いだ経緯から、「若宮」を「白山神社の新宮(しんぐう)」と解釈すべきだと主張しています。 そして、若宮神社(豊岡)の真の祭神は、大場家の祖先である深溝大庭家が奉斉していた神でなければならないとし、桓武天皇、または高望王(たかもちおう)であるという結論を導き出しています。
地域の歴史を物語る古社群
若宮神社(豊岡)には寛永16年(1639年)の「奉再興若宮社」の棟札が伝わり、古い歴史を物語ります。また、八柱神社、日吉神社とともに近接して鎮座しています。この三社は、牧山という地域の深い歴史と信仰の証人として、今も清らかに祀られ続けています。
愛知県神社名鑑 – 国立国会図書館
白山神社(豊岡) – 烏帽子峠からはじまりました – 蒲郡の旅
日吉神社 – 山王信仰と地域豪族の歴史 – 蒲郡の旅
- 御祭神 仁徳天皇
- 例祭日 9月第三日曜日
- 創建年 天文9年(1540年)
若宮神社(豊岡)の画像





