砥神神社 – 橘諸兄の創建と伝わります

砥神神社(とかみじんじゃ)は、蒲郡市豊岡町の砥神山(通称「三河富士」)の山麓に静かに鎮座しています。

複雑な歴史と由緒

この神社は、もともと砥神山の山頂に鎮座していました。現在は山麓を本社とし、山頂には奥宮が残っています。また、山を越えた相楽町には、山頂の砥神社の里宮であった兎上神社(とかみじんじゃ)があり、現在は相楽神社に祀られています。

神社の創建は古く、天平14年(742年)に橘諸兄(たちばな の もろえ)による創建という説と、延喜2年(902年)という説があります。

元々は、山頂の大きな磐座(いわくら)を祀る山岳信仰の形態であり、山そのものを崇拝していたと言われます。祭神の木花咲耶姫命(このはなのさくやひめのみこと)が大山祇命(おおやまづみのみこと)の娘、すなわち山の神の子であることからも、その由緒がうかがえます。

神社の名前の由来

「砥神(とかみ)」という名前の由来には、以下の伝承があります。

  • 昔、橘諸兄がこの地を訪れた際、十匹の鹿が山を駆け上るのを見て「十鹿見(とかみ)」と名付けたという説。
  • 遠くから鹿が見えたことから「遠鹿見(とおかみ)」が転じたという説。

山麓への遷座と名称変更

江戸時代初期の元和年間(1615年~1623年)、現在の鎮座地に近江の多賀大明神が勧請されました。

その後、天保14年(1843年)に砥神山で火災が発生したことを機に、山頂にあった砥神社がこの地に移され、多賀大明神と合祀されたと伝わります。この時の棟札には「奉新造十鹿見大明神正殿」とあり、山麓へ新たな社殿を建てたことがわかります。

この合祀以降、神社は「砥神神社」と呼ばれるようになり、合祀された側の社名を採用した珍しい例として『蒲郡史談』でも指摘されています。

砥神神社は、砥神山に続く社叢を背景に、歴史と由緒に裏打ちされた旧郷社の風格を今に伝えています。

愛知県神社名鑑 – 国立国会図書館

砥神神社のシイ – 蒲郡の名木50選 11 – 豊岡町 – 蒲郡の旅

  • 御祭神 木花咲耶姫命 伊弉諾尊
  • 例祭日 4月10日

砥神神社の画像

砥神神社の地図・行き方

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