御鍬神社(竹島) – 凶作を背景に五穀豊穣を願った神社

御鍬神社(竹島)は、蒲郡市竹島町の不相城(ふそうじょう)跡がある城山の中腹に静かに鎮座しています。城跡には現在、蒲郡クラシックホテルが建っています。神社はホテルから海岸へと続く通路の途中に位置しています。

創建の背景:凶作と五穀の守護神

御鍬神社(竹島)の創建は明和4年(1767年)2月21日です。

当時の蒲郡一帯は、天災が続き凶作で、人々の生活が困窮していました。この明和の天災・飢饉に深く憂いた村人たちが、五穀の守護神を求めたことから、太神宮(伊勢神宮内宮)より御鍬神(みくわのかみ)を勧請(かんじょう)し、神社を創建しました。

なお、同年3月には水竹東島にも御鍬社が伊勢より勧請され、周辺八か村が合同で奉斉(ほうさい)しています。これらの事実は、この時期の蒲郡一帯が食糧難で大変苦労していたことをうかがわせます。

その後の合祀と神社の地位

文政7年(1824年)には、茶屋場下の海岸に天皇神の御葭(みよし、神葭とも。神が宿るとされる葦や茅)が流れ着いたため、これを御鍬神社に合祀したと伝えられています。そして現在、神殿には津島神社、大神宮、御鍬神社の三社が合祀されています。また、境内社として金刀比羅神社が鎮座します。

御鍬神社(竹島)は、明治時代の神社制度改革において「据置公許」として公認されました。周辺には、不相城跡や竹島、八百富神社(やおとみじんじゃ)があります。また、近年まで鳥居前には蒲郡南部市民センターがありました。さらにその北側には、竹隣山本門寺(ちくりんざんほんもんじ)がかつて存在しました。まさに聖域と呼ぶべき場所です。

愛知県神社名鑑 – 国立国会図書館
神社を中心としたる宝飯郡史 – 国立国会図書館
水竹神社 – 若森神社も合祀されています

  • 御祭神 伊佐波登美命
  • 例祭日 7月第3土曜日

御鍬神社(竹島)の画像

御鍬神社(竹島)の地図・行き方

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