水竹神社 – 若森神社も合祀されています
2025年10月18日
水竹神社は、蒲郡市水竹町大坪の閑静な場所に鎮座しています。
この神社は、昭和36年(1961年)8月に、水竹町にあった次の三社が合併し、天神社を中心に新たな一社として「水竹神社」を称するようになりました。
天神社(てんじんしゃ)
水竹町大坪、現在の水竹神社が天神社でした。
- 祭神:菅原道真公
- 創建:文治2年(1186年)と伝えられ、旱魃や疫病に悩んだ際、山城国(現在の京都府)の北野神社から分霊を勧請したのが始まりとされます。
- 歴史的経緯:当初は「天神圃」という地にあり、宝飯郡(ほいぐん)の天満天神三社のうちの一社でした。昭和8年(1933年)の「昇格記念碑」には、「霊験著しき神」として郷社に昇格したことが記されています。
- 合祀:大正11年(1922年)には、水竹町上島にあった神宮社と、一反田にあった社宮神が合祀されました。
- 特徴:鳥居をくぐると、御神牛が左右に並んで参拝者を迎えるなど、現在も天神社の様式を強く残しています。
貴船神社(きふねじんじゃ)
水竹町木船22番地、現在の中央公園内の秋葉神社がある場所に鎮座していました。
- 祭神:高龗命(たかおかみのみこと)(水の神)
- 創建:元暦元年(1184年)に、山城国鞍馬村(現在の京都市)の貴船神社より分霊を勧請し祀られたと伝わります。
- 立地:『蒲郡町誌』には、「社殿は80余の石段を登りたる俗称明神山の頂上にあり」と、高台に鎮座していた様子が記載されています。
- 歴史的経緯:明治5年(1872年)の神社制度改革の際、上本村の氏神三社の中から「釣御籤(つりみくじ)の法」で選ばれ、村社に列せられました。
- 合祀:水竹町若森にあった若森神社が合祀されています。
御鍬社(おくわしゃ)
水竹町東脇島10番地、現在の水竹町会館の南東側周辺に鎮座していました。
- 祭神:伊射波止美命(いさわとみのみこと)(五穀豊穣の神)
- 創建:明和4年(1767年)に凶作があったため、西迫、坂本、清田、上ノ郷、水竹、五井、牧山、平田の八か村の庄屋が集合し、伊勢国(現在の三重県)より五穀豊穣の守護神を勧請したのが始まりです。(境内「御由緒」より)
- 立地:一説には、八か村の中央にあたる水竹町東脇島が鎮座地として選ばれたといいます。『神社を中心としたる宝飯郡誌』には、「(蒲郡駅から)郡道を北方に進み、右に乙姫神社の森林、左に貴船神社の境内を見つつ進めば」と、当時の風景が描写されています。(郡道は現在の県道73号・長沢蒲郡線です)
現在の水竹神社
これら三社が天神社に集められたことで、水竹神社は、多くの神々が鎮座する場所となりました。境内や拝殿には、元の天神社が持つ御神牛や社紋など、天神社の様式が色濃く残っています。
また、それぞれの神社の社号柱が境内に並べられています。その隣には、郷土出身の横綱・玉の海が横綱昇進を奉告して植樹した檜が立っています。「鞘ケ淵の碑」もあり、神々だけではなく、歴史も多く残す場所になっています。
「天神社」蒲郡町誌 – 国立国会図書館
「貴船神社」蒲郡町誌 – 国立国会図書館
「御鍬社」蒲郡町誌 – 国立国会図書館
神社を中心としたる宝飯郡史 – 国立国会図書館
- 御祭神 菅原道真 高龗命 保食神 稲倉魂命
- 例祭日 10月第2土曜日、日曜日
貴船神社のあった場所(木船・中央公園)には、秋葉神社が残り、水竹神社の飛地境内社として鎮座しています。
水竹神社の画像









