素盞嗚神社(西迫町) – 神仏習合の歴史

素盞嗚神社(西迫町)は、愛知県蒲郡市西迫町仲迫にある貧乏山の山中に静かに鎮座しています。その配置は、西の西福寺と並び、神と仏が東西で一体となり、南に広がる西迫町の田畑を見守っているかのような趣があります。

素盞嗚神社(西迫町)の創建と遷座の歴史

当神社の創立年代については、資料によって記述が分かれています。

愛知県神社名鑑』では「あきらかでない」とされています。しかし、『新訂三河国宝飯郡誌』や『蒲郡市誌』には、明応元年(1492年)の創立とする記述が見られます。

そして、『愛知県神社名鑑』には、さらに時代を遡る記述があります。それは、明徳元年(1390年)に、祢宜(ねぎ)の吉見右内が、もと西迫山頂にあった社殿を現在の地に遷し祀った、というものです。

神仏習合の経緯

この遷座の説は、隣接する西福寺の寺伝に基づくものです。

寺伝によれば、神社が明徳元年(1390年)に遷座した後、西福寺は元亀3年(1572年)に天台宗の寺院を廃寺とし、その際に本尊である薬師如来像をこの素盞嗚神社に安置したと伝えられています。(なお、この薬師如来像は、入唐八家の一人であり、第3代天台宗座主を務めた円仁(慈覚大師)の直作・遺品であるとされています。)

また、かつて西迫山の頂上には神木があり、そこが神社の旧跡(ふるあと)であったことも伝わっています。

祭神と社殿

当神社は、もともと牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)でしたが、明治時代初期の神社制度改革(神仏分離)により、素盞嗚神社と改称しました。

御祭神は素盞嗚命(すさのおのみこと)です。

本殿の右の拝殿には「社宮神社拝殿新築」の棟札があります。合祀されている5柱(佐与比売命、八王子社、神明社、八幡社、白山社.)や末社の尺地社(太田命)が、祀られていると考えられます。(『神社を中心としたる宝飯郡史』)

地域に根差す歴史

「西迫」という地名は、藤原俊成公が三河国司としてこの地に住んだ際に名付けられたと言われる歴史ある場所です。そして、広い農地が広がるこの町は、古くから深い信仰心が根付いた土地でもあります。

  • 御祭神 素盞嗚命
  • 例祭日 10月第1日曜日

末社として尺地社(太田命)

素盞嗚神社(西迫町)の画像

地図・行き方

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