常善寺 – 蓮如上人三河巡錫の跡
2025年9月26日
常善寺を探して
蒲郡市内には本願寺派(お西)の寺院として、常善寺と元徳寺(げんとくじ)の二か寺があります。ただ、実質的にはこの常善寺が唯一の寺院となっています。古い文献を見ると、『蒲郡史談』には「お西では元徳寺、西重寺(さいじゅうじ)の二か寺」とあり、常善寺の名は確認できません。しかし、『蒲郡町誌』には、この西重寺の住所が「神ノ郷字皆後澤」と記され、元徳寺と並んで真宗本願寺派の寺院として挙げられています。西重寺、麻布から本宿、そして神ノ郷へ
西重寺の歴史は、正保2年(1645年)に江戸麻布本町の善福寺住職、釈教哲(しゃくきょうてつ)が開基し、当初は麻布本町にありました。その後、明治31年(1898年)に額田郡本宿村へ移転しました。この際には、西本願寺維新三傑の一人である島地黙雷(しまじもくらい)を招いて開山したと伝えられています。明治36年(1903年)に、神ノ郷村向山の永島氏の勧請により、この地にあった説教所と合併しました。(説教所は安政5年(1858年)に竹内半右衛門が建立したと伝えられます)これが、西重寺の歴史と神ノ郷へと移った経緯です。蓮如上人鷲塚御坊
常善寺の「略記」によると、蓮如上人の三河巡錫は3年にもおよびました。その際に鷲塚村(現在の愛知県碧南市鷲塚町周辺)に、鷲塚御坊と言われる一宇を建てました。この鷲塚御坊が、常善寺の本山・覚證寺の始まりです。常善寺創建
蓮如上人は3年後に巡錫を終えますが、鷲塚御坊の留守職を忍願和尚に託します。- 初代忍願、鷲塚御坊の留守職になる(1460年代)
- 3世慶春の時に(徳川氏のため)廃寺(1560年代)
- 元和元年(1615年)和睦し、八町村(現在の愛知県岡崎市八帖町)に覚證寺を建立
- 寛永11年(1634年)4世弘僴の時、矢作川水難を恐れて、桑谷村(岡崎市桑谷町)に移転
- 4世弘僴の長男弘誉は長善寺、次男長雄は常善寺を創建
桃沢山 常善寺への道
17世紀の中頃に覚證寺境内に創建された常善寺はその後、昭和39年(1964年)15世弘順の時「時代の趨勢」により、西重寺と合併します。東京にあった西重寺と、鷲塚御坊を源流とする桑谷の常善寺、そしてこの地にあった説教所がひとつになったのが、桃沢山常善寺です。寺の周囲は桃が多く採れる場所ではありません。しかし、落合川側から見ると、背後の山々のシルエットが桃のように丸みを帯びています。また、境内は新しく整えられており、遠景だけでなく、近景も美しい寺院です。- 寺号 桃沢山 常善寺
- 本尊 阿弥陀如来
- 宗派 浄土真宗本願寺派
- 創建 不詳 忍願(『蒲郡市誌 資料編』)
常善寺の画像
常善寺の地図・行き方
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