円照院 – 松平家の妻たち

円照院は、蒲郡市坂本町入に位置する法華宗の寺院で、山号を円諦山と称します。この寺は、万治3年(1660年)に正祷山 長存寺の日恵和尚が開山したと伝えられています。

寺院名の由来と特別な法名

円照院の創建は、竹谷松平家の歴史と深く結びついています。

  • 2代松平清直の妻の法名:「円諦院殿妙証日孝大姉」
  • 4代松平義堯の妻の法名:「円照院殿妙達日浄大姉」

円照院は、この二人の法名から一字ずつ取り、「円諦山 円照院」と名付けられました。二人が熱心な法華宗の信者であったため、竹谷松平家の菩提寺である天桂院(てんけいいん)とは別に、彼女たちの菩提を弔うために建立されたのが、この寺院の始まりです。(なお、清直や義堯の廟所(墓所)は天桂院にあります。)

円照院の境内にある墓所には、この二人の法名が刻まれた墓石があり、特に「二世 円諦院殿妙証日孝大姉」、「三世 円照院殿妙達日浄大姉」という、極めて珍しい「代数表記」が見られます。

「二世」「三世」が語る家督継承のドラマ

この代数表記は、竹谷松平家の複雑な家督継承と関連していると考えられます。

竹谷松平家の家系は、初代清昌に始まり、2代清直へと継がれました。しかし、清直に実子がいなかったため、次兄・清勝の子である清当を養子に迎えて3代としますが、清当は早逝します。その後、清勝の三男である義堯をさらに養子に迎えて4代としました。結果として、3代清当と4代義堯は兄弟にあたります。

この特異な代数表記には、以下の二つの解釈が考えられます。

  1. 代々追善供養を続けた視点: 義堯の次の5代目以降の当主から見ると、「二世 円諦院殿」(祖母)と「三世 円照院殿」(母)という直系の繋がりを示す代数として、二人の功績を顕彰した。
  2. 家系の正統性確立の視点: 不安定な家督継承(養子・隠居など)の揺らぎを覆い隠すため、寺院の歴史と連動させて、清直(二世の妻)から義堯(三世の妻)へと正統な流れが続いたことを後世に示す、非常に稀な顕彰の事例。

初代清昌の兄・忠清が無嗣断絶となった歴史も持つ西ノ郡(竹谷)松平家。この時代の厳しく繊細な事情が垣間見える円照院は、坂本町の静かな山あいにひっそりと佇んでいます。

  • 寺号 円諦山 円照院
  • 本尊 釈迦如来
  • 宗派 法華宗陣門流
  • 創建 万治3年(1660年) 文智院日恵上人

円照院の画像

円照院の地図・行き方

参考文献

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