長存寺 – 鵜殿氏の菩提寺
長存寺は、蒲郡市上本町に位置する法華宗の寺院で、鵜殿氏の菩提寺として知られています。山号は正祷山(しょうとうざん)です。もともとは、実相坊(じっそうぼう)という天台宗の寺院であったと伝えられています。
長存寺の歴史、鵜殿氏の菩提寺
文安2年(1455年)に、この実相坊は法華宗に改宗し、長存寺として中興開山しました。その後、下ノ郷城主であった鵜殿長存(うどのながあり)は、法華宗に深く帰依し、この寺院を厚く保護しました。そのため、この寺は「長存の寺」と呼ばれるようになりました。
天文12年(1543年)に鵜殿長存が亡くなると、その子である玄長(はるなが)は、父の霊を永く弔うために、父の法号「長存院日長」から寺号を「長存寺」に改めました。
鵜殿氏は、文明年間に(1467年-1487年)に、長存寺のほかに、長応寺(上ノ郷にあり、東京の芝に移り現在は北海道天塩郡幌延町にあります。また、西郷局の菩提寺です)、極楽寺(下ノ郷)、長妙寺(不明)の法華宗4寺を建てたと伝えられます。
鵜殿氏一族の墓所と供養碑
墓地には、鵜殿長存の五輪塔があり、その右側には「鵜殿氏諸々之霊供養碑」と刻まれた供養碑が建てられています。また、左側にある「一乗院殿日庵」の法号のある五輪塔は、柏原城主であった鵜殿長忠(うどのながただ)のものです。
元々は柏原にありましたが、ここに移されました。長忠は、徳川家康の側室である西郷の局(さいごうのつぼね)の養父にあたります。(ちなみに、西郷の局の実父は加藤善左衛門で、市場神の物語で知られる加藤彦十郎は、実兄はです。)
文化財と自然が残る境内
かつて、長存寺には乗円院(じょうえんいん)と智積院(ちしゃくいん)の2つの塔頭(たっちゅう)がありました。また、安楽寺、天桂院、長泉寺と共に「西郡四大寺」と呼ばれ、栄えていました。
長存寺は、「長存寺文書」や「格天井絵図」などの貴重な文化財を多く有しています。また、「書院の庭」と呼ばれる庭園や、蒲郡の名木50選にも選ばれた参道の松、境内北側に並ぶ巨木など、歴史の重みを感じさせる寺院です。

- 寺号 正祷山 長存寺
- 本尊 釈迦牟尼仏
- 宗派 法華宗陣門流
- 創建 文安2年(1445年) 日存
- 三河十二支めぐり 辰巳年の寺
長存寺の画像









地図・行き方
参考文献
