薬証寺(薬證寺) – 熊野別当と薬勝寺

薬証寺は、蒲郡市中央本町の平坂街道沿いに佇み、往時の面影を色濃く残す真言宗醍醐派の寺院です。

熊野別当の末裔が住職

蒲郡史談』によると、薬証寺の住職は熊野別当の末裔と記されています。藤原末期から鎌倉時代にかけて犬飼湊に上陸した熊野一族で、坂本町にある勝善寺の梵鐘(国指定重要文化財)に刻まれる「永範」の子孫にあたります。また同族である鵜殿氏も、同じく永範の子孫と伝えられています。

薬勝寺から薬証寺へ

薬証寺は、保元元年(1156年)に行快僧都が開基し、はじめは金剛院安養寺と称していました。

その後、近隣の坂本町にあった薬勝寺の名を継いで「薬勝寺」となりました。しかし、同名の寺院があったことから「問題になり」、現在の「薬証寺」に改名されたと言われています。(『蒲郡史談』)

宝暦元年(1751年)には、領主松平義著の病を護摩供養で治した功績から、「平義著が快した」という意味を込めて山号を松全山と改めました。その際、寺号も「に勝るがある」ことから、「薬証寺」としたと伝えられています。(『蒲郡町誌』)

薬証寺のいま

再建当初は、今の本堂は護摩堂で、大師堂が本堂だったそうです。

薬証寺は、開放的な境内で参拝者の利便性を重視しており、親しみやすい雰囲気に満ちています。境内には「市場神」や「印内石」など、かつてこの町にあったものが祀られています。Googleマップの口コミ評価も高く、人気の場所となっています。ちなみに、西浦の無量寺の住職とは兄弟ということです。

  • 寺号 松全山 薬証寺
  • 本尊 不動明王
  • 宗派 真言宗醍醐派
  • 創建 保元元年(1156年) 行快僧都
  • 霊場
    • 三河新四国 51番、52番
    • 東三新四国 59番
    • 三河準四国 53番

薬証寺の画像

地図・行き方

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参考文献

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