石割りの松 – 西浦町
2025年10月5日
石割りの松は、蒲郡市の西浦半島先端、西浦海岸(パームビーチ)の東側にあります。その名の通り、大きな石を割るようにして育つ驚異的な姿から、別名「ど根性松」とも呼ばれているそうです。この松が割っている石は、昭和34年(1959年)の伊勢湾台風で海岸に流れ着いたとされています。やがて、その石の隙間から松が芽吹き、力強く成長したということです。
松島地蔵の伝説
この石割りの松には、松島地蔵にまつわる伝説が伝わっています。それは、西浦半島の反対側、松島にある松島地蔵から始まる話です。
安政の大地震で海に流された初代松島地蔵は、後に海中からバラバラの状態で引き上げられ、「奇跡の生還」を果たしました。しかし、左手だけは見つかりませんでした。伝説では、その失われた左手がこの西浦海岸に流れ着き、松島にあった松の種を運んで自らの手で植えたとされています。つまり、この松は「松島地蔵手植えの松」と伝えられているのです。
地域と奇跡
この海岸一帯は、名古屋城築城の石垣採石場として利用されていた歴史があります。そのため、現在でも矢穴(やあな)の残る石や、割れ目のある石が多く見られます。こうした地質的な背景も、「石割りの松」が生える土壌となったのかもしれません。
ですが、伊勢湾台風で流れ着いた石から松が生えるという出来事自体、単なる「根性」ではなく、まさに「奇跡」と言えるでしょう。この松の存在は、西浦半島が持つ生命力と神秘的な力を象徴しており、西浦半島そのものが奇跡の場所だと感じさせてくれます。





