八王子神社 – 無量寺との別れ
八王子神社は、蒲郡市西浦町宮地に鎮座する旧郷社です。
御祭神は国狭槌神(くにさつちのみこと)と、八柱の神々です。この八柱の神とは、天照大御神(あまてらすおおみかみ)と須佐之男命(すさのおのみこと)の誓約(うけい)によって化生した、男神五柱と女神三柱を指します(境内「八王子神社御由緒」より)。
創立と神仏分離の歴史
社の創立は永正二年(1505年)と伝えられ、無量寺の僧・東林坊が大和より神を勧請したとされています。
以降、無量寺の僧侶が社守(やしろもり)として祭祀や管理を担っていました。そのため、明治時代の神仏分離の際には、一度は無量寺に統合される案が示されました。しかし、住民や他の寺社の願い出が実を結び、八王子神社は分離独立を果たすことになりました。(蒲郡市誌 本編 – 国立国会図書館)
西浦神社と田土神社
広い境内には、風格のある社殿が建ち、その建築美が目を引きます。特に、神明造りの本殿は、複雑な構造と銅板葺きの屋根が美しい姿を見せています。
本殿の左脇には末社、稲荷神社と津島神社、東側には西浦神社と田土神社が並んで鎮座しています。
田土神社は、西浦町田土から遷座されこちらに祀られています。御祭神は、天目一箇命(あめのまひとつのみこと)です。(田土神社 – 愛知県神社名鑑 – 国立国会図書館)また、西浦神社は、西浦地区の戦没者(英霊)182柱を奉斎のため、昭和29年(1954年)に創建されました。
鳥居と石垣に残る歴史
境内西側の鳥居と、そこから北へ約200m離れた場所にもう一つ鳥居があります。そのどちらにも社号標が立っています。特に北側の鳥居には「村社」の標記があり、明治4年(1871年)に分離独立を果たし、村社に列せられた当時のものと推測されます。
社務所前には、池田輝政のものと見られる刻印のある残石が置かれています。さらに、神社の石垣の石には、加藤清正の家臣であった「中川太朗平」や「小野弥次郎兵衛」といった人名が刻まれており、地域の歴史的な繋がりを感じさせます。
この高台から見下ろす西浦の街並みと海の景色は、いつまでも記憶に残る美しい姿です。
- 御祭神 国狭槌神
- 例祭日 10月第4日曜日
末社御祭神
- 稲荷社 豊受姫命
- 津島社 須佐之男神
八王子神社の画像








