三河湾を望む鵜殿氏の拠点、戦国を揺るがした上ノ郷城の記憶

蒲郡市神ノ郷町の標高52メートルの丘陵に築かれた上ノ郷城。およそ500年前の築城以来、この地で覇を唱えた鵜殿氏本家の居城として知られています。現在は主郭から穏やかな三河湾を一望できますが、かつては戦国時代の動乱を象徴する要衝の地でした。

熊野から三河へ、名門・鵜殿一族の系譜

鵜殿氏のルーツは、遠く離れた紀伊国熊野にあります。『寛政重脩諸家譜』によれば、彼らは第21代熊野別当である湛増の末流とされています。鎌倉時代、三重県紀宝町鵜殿からこの地へ移り住んだ一族は、今川氏の有力武将として台頭。上ノ郷城を筆頭に、下ノ郷城不相城柏原城といった城を構え、地域一帯に強大な勢力を誇りました。

家康との攻防と、今も語り継がれる廃城の歴史

運命が大きく動いたのは、桶狭間の戦いから2年後の永禄5年(1562年)のこと。三河統一を掲げる松平元康(後の徳川家康)の軍勢に攻められます。激戦の末に上ノ郷城は落城します。その後、家康の義父である久松俊勝が入城しましたが、天正18年(1590年)の家康の関東移封に伴い、静かにその役割を終え廃城となりました。

近年、大河ドラマ「どうする家康」で鵜殿長照久松俊勝の姿が描かれたことで、再び脚光を浴びています。平成18年度からの発掘調査では貴重な遺構や出土品も確認されており、その歴史の断片は蒲郡市博物館蒲郡市西部公民館の復元模型を通じて、今に伝えられています。

上ノ郷城

上ノ郷城の地図・行き方

 

鵜殿氏系図
鵜殿氏系図

長存寺 – 鵜殿氏の菩提寺
安楽寺 – 久松俊勝と於大の方
家康の腰掛岩(つくね岩)

参考文献
当時の地図 蒲郡市誌 資料編 – 国立国会図書館.
蒲郡市誌 本編 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
「鵜殿」寛政重脩諸家譜 第7輯 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
上ノ郷上跡と鵜殿家の歴史 – 蒲郡西部小学校令和4年度6年生研究発表.
蒲郡市指定史跡 上ノ郷城跡 – 蒲郡教育委員会.

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です