西福寺 – 慈覚大師の遺品・薬師如来像から始まります

西福寺は、西迫町本郷の貧乏山山裾の高台に位置する浄土真宗大谷派の寺院です。正式名称は、「東光山 円照院 西福寺」です。その歴史は古く、入唐八家の一人であり、第3代天台宗座主を務めた円仁(慈覚大師)まで遡ります。

草創の地と天台宗の時代

西福寺の創建は、もともと西の郡門田(現在の水竹町門田)の地でした。寺伝によれば、慈覚大師の直弟子である東光坊円証が、師の遺品とされる薬師如来像を背負って門田に辿り着いたのが始まりです。そして、円証はそこで小さな庵を建て、この薬師如来像を祀りました。

その後、保元3年(1158年)、光円和尚の代に、草創者である東光坊円証の名を冠し、「東光山円証院 西福寺」と称するようになりました。

真宗への改宗と移転

承久3年(1221年)、西福寺は天台宗から浄土真宗へと改宗します。また、この改宗は、親鸞が三河地方を巡って教えを広めた際、住職がその説教を聞いて弟子になったことによるものと伝えられています。この時期、三河地域で真宗に改宗する寺院が増えたのは、親鸞の布教活動と関連があるとされています。

改宗から時を経て、元亀3年(1572年)に門田から現在の西迫の地へ移転しました。

壮大な景観と文化財

西福寺の現在の場所は高台にあるため、境内からは三河湾を望めます。手前に浮かぶ山々が自然の築山のように連なり、まるで街全体が壮大な庭園であるかのような絶景を楽しめます。

また、寺院の裏手には趣のある枯山水の庭園があります。所蔵する文化財としては、木造薬師如来立像や来迎三尊像図などが蒲郡市の指定文化財となっています。

  • 寺号 東光山 円照院 西福寺
  • 本尊
  • 宗派 浄土真宗大谷派
  • 創建 保元3年 東光坊円証

忠安寺の画像

地図・行き方

参考文献

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