尾崎翁と鉢地トンネル:悲願の峠に刻まれた執念 2026年6月10日 蒲郡の旅 鉢地トンネルの入口に立つと、高さ2.5メートルにも及ぶ巨石が、今も威風堂々とした姿で旅人を迎えてくれます。そこに刻まれているのは、「明治三十六年蒲郡町尾崎市右衛門翁始めて鉢地坂開墾の必要を説き」という[…] 続きを読む
小久保幸一郎君之像:郷土の誇りと悲劇を今に伝える少年像 2026年6月7日 田原の旅 愛知県田原市(旧渥美町)の伊良湖神社参道に、1体の兵士像がひっそりと、しかし毅然と佇んでいます。その名は「故歩兵伍長小久保幸一郎君之像」。 昭和12年(1937年)、第二次上海事変の最前線で凄まじい奮[…] 続きを読む
柳田國男逗留の地:感性が目覚めた伊良湖の夏と『遊海島記』 2026年6月4日 田原の旅 渥美半島の最先端、かつて孤高の美しさを誇った海辺の村に、一人の若き文人が滞在していました。のちに「日本民俗学の父」と呼ばれることになる柳田國男です。現在、伊良湖リゾート&コンベンションホテルの[…] 続きを読む
西行法師と伊良湖:大仏再建の願いを胸に海を渡った足跡 2026年6月1日 田原の旅 文治2年(1186年)、平安時代末期の激動を生き抜いた漂泊の歌人・西行法師は、ある重大な使命を帯びて奥州への果てしない旅路へと就きました。その途中、伊勢二見ヶ浦から舟で伊勢湾の荒波を渡り、降り立ったの[…] 続きを読む
磯丸園地:国策に揺れた故郷の記憶を今に伝える 2026年5月28日 田原の旅 田原市の伊良湖岬。美しい景観が広がるこの場所には、かつて国防の波に翻弄され、故郷を追われた人々の切ない歴史が刻まれています。 明治34年(1901年)、伊良湖岬の先端に旧陸軍の伊良湖射場(陸軍技術研究[…] 続きを読む
桑原五郎助の碑:争いなき世を願い小原山に散った義民 2026年5月26日 蒲郡の旅 蒲郡市一色町、坂角池につづく穏やかな山裾の木陰に、一基の石碑が静かに佇んでいます。碑に刻まれた名は桑原五郎助。彼は今から360年以上も昔の寛文元年(1661年)、隣村である深溝村(現在の額田郡幸田町深[…] 続きを読む
関口観音堂址:消え去りし堂宇に漂う聖なる息吹 2026年5月20日 豊川の旅 豊川市長沢町大榎の旧東海道沿い。かつて旅人たちが足を止め、手を合わせた「関口観音堂址」が、今はその佇まいを小さく残すのみとなりながらも、あたりを清らかな仏性の空気で優しく包み込んでいます。(地名から「[…] 続きを読む
形ノ原の道しるべ:古の街道と巡礼を繋ぐ利生院門前に残る記憶 2026年5月8日 蒲郡の旅 形ノ原の道しるべは、蒲郡市形原町東上野、利生院の門前に、ひっそりと、しかし確かな存在感を放ち佇んでいます。利生院の傍らを通り抜けるこの道は、古くから「形ノ原(かたのはら)道」あるいは「幡豆往還」と呼ば[…] 続きを読む
力石:形原の若衆が挑んだ「六十五貫」の誇り 2026年5月8日 蒲郡の旅 蒲郡市形原町の素盞嗚神社には、往時の男たちの熱気を今に伝える「力石」が鎮座しています。その傍らに立つ解説碑には、明治から大正にかけて近在の若者たちが集まり、己の力を試そうとこの石を持ち上げたという、誇[…] 続きを読む
石川忠三郎の碑:「こいこい先生」が紡いだ学びの絆 2026年5月7日 蒲郡の旅 石川忠三郎の碑は、蒲郡市竹谷町、塩津小学校の西に位置し、塩津駅からもほど近い場所に、静かに佇んでいます。そこには、かつてこの地で多くの子どもたちに寄り添い、学ぶことの喜びを説き続けた石川忠三郎という教[…] 続きを読む