賃金と自由、楽して稼げますか?

賃金と自由、若い人にタクシー運転手になった理由を聞くと「賃金がよくて自由な時間がある」「普通の20代よりも稼げる」という答えが返ってくる。タクシー運賃値上げのニュースを読みながら、考えている。

求人サイトやタクシー会社のホームページにも「未経験でも700万稼げる」「いつでも休暇可」なんてキャッチコピーが並んでいる。

「楽して稼げる」そのようにも聞こえる。東京や都市部ではそうかもしれないが、地方のタクシーではけっしてそんなことはない。稼いでいる人たちは「楽」でも「自由」でもない。そして年収700万円をそのような方法で稼げるわけがない。

豊橋市内でも、年収600万円程度の人は何人かいるだろうが、そのためには月300時間ほど働かなければならない。時給換算1670円、高くもない。

非正規雇用で働く人たち

そんな話を聞きながら、トヨタ自動車の期間従業員で働いていたころを思い出した。

トヨタ期間従業員での年収400万円は、「普通の20代」にとっては高収入になるのだろう。3年で1000万円近く貯める人もいる。( 期間工ブログ ネオ期間工 坂下 貯金960万円達成!!!

「普通の20代より稼げる」と言うタクシー運転手と同じような考え方の人たち。

そして正規雇用ではなく、3ヶ月や6ヶ月での契約、嫌になったら違う会社や派遣に移ればいいや、という自由さも、どこかタクシー運転手と重なる。

そういった賃金の高さと、正規雇用ではない自由さを求めて(就職がなくてという人のほうが多いのだけれど)期間工になり、そのまま非正規労働者としてスパイラルする人たちが多くいた。そして社会問題化した/しているのは記憶に新しい。

本当に賃金は高いのか

令和元年度年齢階級別月間給与の比較

図1年齢階級別月間給与の比較(*1 全国ハイヤー・タクシー連合会の資料より転載)

 

図1は令和元年の「年齢階級別月間給与の比較」だ。

確かに20代までは「普通の20代」よりは高い。25歳~29歳では100万円もの差が出ている。

その後、全産業男性労働者の賃金カーブは、定年をむかえる60歳あたりまで確実に右肩上がりになっている。

タクシー運転手はというと、100万円も高かった25歳~29歳をピークに下降し、働き盛りといわれる40歳~44歳で少し上昇するが、30歳~59歳までフラットな賃金カーブになっている。

そして60歳から再接近するも、結局30代以降は常に全産業平均のほうが月間給与は高い。

次に年収の推計額をグラフ化してみた。(図1の月間給与×12か月に年間賞与を加えたも)

 

タクシー年齢階層別賃金グラフ 自由と賃金

月間給与と同じような賃金カーブを描く。ただし、図1の月間給与よりさらに賃金格差は広がる。50~54歳では289万円、55~59では300万円ほど低くなる。

これは、タクシー運転手に賞与がないことが多いからだ。あったとしても、賞与込みの歩合給制になっていて、例えば歩合率が全体で60%、うち月例給55%、賞与5%という制度設定をしている。

そのため、入社初年度より賞与が一定額ある「普通の」労働者よりさらに格差が拡大する。

ふたつのグラフを重ねて表示したのが次の図3になる。

タクシー運転手月間年間賃金比較グラフ 自由と賃金

賃金格差の拡大とその理由

図4は、賃金差率をグラフ化した。20代ではタクシー運転者のほうが高かった月間、年間賃金は、その後全産業男性労働者平均を超えることなく、59.2%、56.4%まで下降する。その底から上昇するのは定年を迎える年代、そして年金を受給する世代だ。

 

タクシーと全産業男性労働者の年代別賃金差率グラフ

しかし実際は、この定年期の周辺でも格差は拡大している。退職金だ。タクシー業界は退職金がない会社が多い。退職金も歩合給に入っているのだろう。

その退職金を入れると全産業平均の60歳~64歳あたりに山が出て、タクシー運転手と大きな格差が出るはずだ。

これが歩合給マジックなのだ。例えば売上の60%70%は非常に高いように感じるが、その部分(ボーナス、退職金)がない。

もう少し付け加えると、福利厚生費なんてものもあるのかないのか分らない。

これは、トヨタ期間従業員も同じで、「普通の20代」よりは高かった年収が、30代以降は普通になってくる。全産業中でも高収入なトヨタ社員との賃金格差はさらに顕著なものになる。

それでも地方の中小企業よりは、年間所得、生涯所得は別として、月給は「稼げる」。アルバイトで働くよりは条件は良い。期間従業員から抜け出せなくなる。

これが非正規雇用の悲劇なのだ。そしてタクシー運転手にも似たようなものを感じる所以だ。

タクシー運転者(男)と全産業男性労働者の年間給与の推移

図5 タクシー運転者(男)と全産業男性労働者の年間給与の推移(*1 全国ハイヤー・タクシー連合会の資料より転載)

その差が図5の年間給与の推移に明確に現れている。年間所得が300万円程度、これが地方のエッセンシャルワーカーとしてのタクシー運転手の賃金なのだ。

そして自由なのか?

賃金と自由、自由ということについても、タクシー運転手は自由と言えば自由だ。ところが、コロナ禍のように、市況に影響され売上が半分になる。免停になれば運転もできない。そして事故を起こせば懲役刑もある。

ひとたび、違反事故を起こせば身体の自由を拘束されてしまう。自動車や家電の製造工場に比較できないほど高いリスクだ。

だから賃金も高い、歩合給というリスクの多寡で決まる賃金。

人気がないのには理由がある

それならば、トヨタ期間従業員で働いたほうが安全だ。このグラフぐらいの賃金、普通の20代より高い賃金も得られる。(正社員よりは低い賃金でも)安定している。貯蓄も出来る。気に入れば(気に入られれば)正社員への登用の希望もある。

タクシー運転手は、事故や違反というリスクが常に付きまとう。密室での接客業はカスハラというリスクも付きまとう。タクシー強盗、乗り逃げ、コロナ感染・・・。

本当に自由なのか?そして、稼げるのか?

楽して稼げるなんてことはない。命がけだ。特に地方では稼げず、自由があっても賃金がない、命がけだ。

楽して稼げるから、ではなく、移動で人を幸せに、そういった気持ちがなければ、長続きしない、そう思っている。稼ぐには、やはり体力もいるし、身体能力みたいなものもいる。

2年も続くコロナ禍で、さらに生活が苦しくなっている。自由も賃金も失っている。楽でもない。だから、辞めていく。そして正体を知って戻ってこない。運転手不足、なのだ。

歩合給制の賃金は公共交通やエッセンシャルワーカーとは相性が悪い。もう何度も書いてきた。

若い人や労働力を確保するためには、業界の生産性と賃金改革をさらに推進しないと、地方のタクシー業界は衰退の一途をたどる、いやたどっているのだ。

運賃改定しただけでは、タクシー運転手の生活は改善できない。業界も改善できない。

(それでも、ボクたちは、街を守るために、踏ん張っている。「稼ぐ」とは別のところで頑張っている。その使命感みたいなものが、楽しいのだと思う)

(*1) 法人タクシーの事業者団体 全国ハイヤー・タクシー連合会 (全タク) の「令和元年タクシー運転者の賃金・労働時間の現況のまとめ

都内タクシー運賃、値上げへ キャッシュレスや燃料高で: 日本経済新聞

東京都内タクシー料金 秋にも15年ぶりの値上げ 原油高で申請相次ぐ – Yahoo!ニュース

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