集団不適応症のボクへ

テーブルの上はまだ昨日のままで、そのお昼の食べ残しが散らかっていて、真っ暗な部屋の中にも、窓をキチンと閉ざした部屋の中にも、昨日がそのまま残っている。

もうすっかり氷が溶け、もうすっかり香りの失せた、コップの酒を、渇いた喉にスルスルと流し込んだのだけれど、それは今度は全く心の乾きみたいなものに変化して、真っ暗な天井に向けてため息なんてついてしまう羽目になってしまった。

ああ、またいつもの問いかけが始まった。

集団不適応症、みたいなものがあって、そんな人はうまく生きていけないのだろうと思う。ボクもそうなんだろうけれど、人とうまく付き合えないことから自己嫌悪が始まる。うまく付き合えない原因は自己主張の強さ、とか、わがままな性格とかに起因している。自己主張なんてのは悪いことではなくて、例えばそれは信念なんてことと同義語になる場合もあるんだけれど、ボクの場合は、その自己主張がきっと人を傷つけることになる。簡単に言えば言わなくても良いことを言ってしまって自己嫌悪に陥るってことだ。

そんなことは普通よくあることなんだろうけれど・・・。

言葉は時として不自由だ。

寡黙に生きていれば悩むことはないのだろう。ボクも無口に生きていたこともあって、そうして言葉も無意味さを説いていたころもあった。無意味というか不浄さ、というか。

愛も優しさも強さも・・・すべて、要するに人は言葉によってつくられる。簡単だ。
逆に、言葉なき世界でこそ、人は人でありえる。愛や優しさ強さを、言葉なしで表現するってのはかなり難しい。難しいからこそ言葉が必要になった、というのが言葉の起源なんだろうけれど・・・。

ボクは「愛してます」と言った。

そうしてボクたちはいとも簡単にコイビトになった。

ボクは「別れようか」と言った。

そうしてボクたちはこれまた簡単にタニンになった。
その間にボクたちはコトバによってずいぶんと理解しあったはずだったし、コトバによってずいぶんと愛し合った。どれほどボクが彼女を愛しているかと言うことを論理的かつ合理的に説いて聞かせた。その話にはずいぶんと魔法がかけられていたのだけれど。彼女もどれほど愛しているかと言うことを同じようにボクに説いて聞かせてくれた。その話にも魔法がかけられていたとしても、ボクたちが信じられるものは唯一コトバだけだったのだし。

「愛してます」という魔法が解けそうになったらボクたちはその同じ口でキスをした。いとも簡単にその愛は本物になった。
「ふ~ん、簡単だね」
「そうそう簡単だよ」
「『だいじょうぶですか』なんて言えば良い人になれるんだね。
「そうそうなれる」
「まるで詐欺師みたいだね」
「そう、人生はいかに人を欺くかだよ」
「じゃあ、悩む必要なんてないじゃないか」
「そうだね」
「そうだよ」
「でも、ボクは人を欺けない自分が嫌いなんだよ」
「本心をコトバにすることが不幸なのかい」
「そうだよ」
「本音はNGってことなんだね」
「そう、パンツをはいてないとダメなようにね」
「隠すことが美しいことなんだね」
「そう、いかに綺麗に覆い隠すかってことが生きる目的なのかもしれない」
「じゃあ、やっぱり簡単だね」
「そう、簡単だよ。魔法使いのように言葉使いになればいいだけだからね」
「ワイシャツにネクタイ、みんな同じようにするのも礼儀ってことだね」
「そうそう、世間一般ってことだね」
「通念とか慣習とか」
「常識とか良識とか」
「ふ~ん、やっぱり簡単だね。隣の人の真似しとけば良いことだしね」
「そうそう」

ボクは独り言を真っ暗の部屋の中でつぶやいている。言葉は時として自由だ。そうしてボク自身、ボクの言葉によって縛られることになる。それほど自由だったりする。愛だけではなくて、呪いも魔法も、政治も戦争も、すべてはコトバによって始められる。

「ふ~ん、そうなんだね」
「たぶん。で、キミはいったい誰なんだ?」

ゲリラ豪雨

2件のコメント

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    海の香さん、どうも。
    植木屋さん、鋏の音と風の音と木々の音、なんかうらやましくもあります。
    職人って寡黙な人が多いような。ボクも実はそんな世界に20代の初めの頃は憧れていたのですけれど。
    どうしてか、人を避ければ避けるほど、人と関わることが多くなってきたようでもあります。
    暑くて暑くて、そんな毎日ですが、ご自愛を。

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    今日、親方に話したことは、「この仕事が続いているのは、電話の音や、テレビの音、機械の音が無い中で仕事が出来るから、ストレスが無いのだと思います」って。親方は、ストレス溜まるくらいに仕事を覚えろよって思っているかも。でも、ふーんと、興味なさそうでした。でも、明日の作業指示も頂きました。
    黙って仕事をしていても、「鋏の音がしない」なんて指摘を受けます。
    外仕事、今は楽しいです。
    そんなことを書き込みたい、今日の文章でした。

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