タクシードライバー

美雪は2学年下でボクの通っていた高校から少し離れた同じ市内の商業高校で、そんなに楽しくもない毎日を送っていた。

思春期の女性の自意識からのものではなくて、育った環境からなのだろう、いつも下を向いて恥ずかしそうに、聞き取りにくいほどの小声で話していた。ボクたちが暮らしていた街は暖かい地域で、雪なんてめったに降らないもんだから「美雪なんてへんだよ」なんてボクが言ったら泣いてしまったことを憶えている。

哀しみの多い時間が多かったのだろう、そうしてその彼女が感じる哀しい名前のせいなんだろう、中島みゆきをよく聞いていたし、彼女の手紙にはその歌詞の一部が引用されていたりした。中島みゆきの唄が彼女の生き方になっているようにも感じた。

ボクたちは、最後に会った3か月後に、それは美雪が就職して大阪のデパートに勤め始めてからの日数と同じなんだけれど、その夏の初めに再会した。再会し、そして産婦人科に並んで入った。ボクの存在が、彼女をまた哀しくさせ、そしてまた傷つけることになった。

うまく書けないのだけれど、そうして書くつもりもないのだけれど、その日からボクたちは会うことなく、何十年も過ぎた。ボクはいつも、というかかなり頻繁にあの日のことや、彼女のことを想い出す。下を向いて恥ずかしそうに話す彼女と同じように、もうそれは癖になってしまっている。そうして中島みゆきの唄を聴くたびに、あの頃のことが想い出される。

中島みゆき「タクシードライバー」

笑っているけど みんな本当に幸せで
笑いながら 町の中歩いてゆくんだろうかね
忘れてしまいたい望みを かくすために
バカ騒ぎするのは あたしだけなんだろうかね

タクシー・ドライバー 苦労人とみえて
あたしの泣き顔 見て見ぬふり
天気予報が 今夜もはずれた話と
野球の話ばかり 何度も何度も繰り返す

ゆき先なんて どこにもないわ
ひと晩じゅう 町の中 走りまわっておくれよ
ばかやろうと あいつをけなす声が途切れて
眠ったら そこいらに捨てていっていいよ

タクシーの無人化やライドシェアなんてものができるにしても、やっぱりタクシードライバーという人たちは必要で、人には人が必要だということと同じで、サービス業すべてが無人化され機械化されてしまうと、人に備わっている、例えば優しさなんてものまでもボクたちは失ってしまうのだろうと思う。

タクシーは終わらない。

「ドア・ツー・ドア」のサービスが陳腐化されるのならば「ルーム・ツー・ルーム」や「ハート・ツー・ハート」なんて特性を、ボクたちは持っていると思う。

それに、この歌だって、なくなるわけだし。

「雪降っても、いつもドロドロになっちゃうもんね」
「雪は嫌いだもん。美幸ならよかったの・・・」

いろいろなものが自動化され無人化されたとしても、人の心はそのままだろうしね。

ボクたちは、病院の帰りにタクシーに乗った。無口なおじさんドライバーが「大丈夫だよ」と話してくれたことも憶えていたりする。

タクシーの終焉 – 道中の点検

梅の花 一輪

2件のコメント

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    テルさん、どうも。
    春らしくなりましたね。でも、もう少し寒さが残るのかな。

    まあ、おっしゃるとおり、10年20年先、もっと先なので。クルマ社会の構造自体が変わってしまいそうですね。

    とくにこの国は、人口も減る一方なので、渋滞なんてものとは無縁になったりするのかもしれないですね。渋滞の話が昔話になったりして・・・。

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    田原笠山さん、こんばんは。最後の1ヶ月が始まりました。今週は2直で今は昼休み中です。

    自動運転が普及されると言ってもまず自動車会社の横槍は避けられないでしょうね。その時に帝国トヨタがどう出るか。普及したら世の中の運転手が職を失うのでどうなるかも分からないですね。まあ、まだ10年20年先の話だと思いますが。

    やっと暖かくなってきましたね。

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