タクシー物語

ひとりタクシー運転手ごっこ
タクシー運転手が出来るだろうか?なんて考えている。もうかなりの時間思い悩んでいる。職業的にボクには向いていると思う。元プロタクシードライバーのTちゃんから「向いてますよ、温厚だし」とお墨付きをもらったことがあるけれど、接客とはまた違う難しさがあるだろうと思っている。

ひとりタクシーごっこをしていた男は、とうとうタクシー運転手になりました。
なったのはいいのだけれど、「市役所まで」なんて、普通はその街に住んでいれば簡単に分かる道さえも、男にとっては難しいものでした。
駅前には信号があって、お客様を乗せると、その信号が赤になるタイミングで男はタクシーを発進させるようにしました。赤信号で停車しているわずかな時間で男は地図を見て右に行くのか左に行くのか判断するようにしました。右に行くか左に行くかという初歩的な地理さえ男は知らなかったのです。
地名も随分間違いました。そして「それはどこにあるのでしょうか?」とお客様に聞くことが男の仕事のようになりました。「そんなことも知らないのか」と怒鳴られることもありました。そして怒って降りられる人もいました。後悔することが男の日課になりました。
それでもその街には親切な人が多かったのが救いでした。そんな男の運転でもチップをくれるお客様もいましたし、指名してくれるお客様もいました。もう少し頑張ってみよう、そう思うことも日課になりました。
男はカーナビを買いました。カーナビを買ったのですが、赤信号のタイミングでの発進はそのままでした。今度はそのわずかな時間でカーナビの目的地検索をするようになりました。それで少しは精神的に楽になりました。楽になったし少しは自信もつきました。とは言っても、カーナビが全てではありませんし、時に迷走させられることもありました。
ひとつき、ふたつき経つうちに男は右か左かぐらいは分かるようになりました。そんなに大きな街ではなかったのも男の理解を早めた理由でしょうし、なによりも男は時間があれば地図を眺めることをしていました。そして何度も何度も繰り返し走りました。
地理以外に何も考えられない日々が続きました。そのうちに怒られることも怒鳴られることも少なくなりました。それでも地名で驚くべき間違いをしたこともありました。「運転手さん、面白いこと言うね」とお客様から言われましたけれど、男にとってはとてもまじめな回答だったりしました。男の毎日の何かが少しずつ少しずつ変わってきました。
年が明け、春が来て、そうして1年が過ぎる頃になると、時々男はタクシー運転手を天職だなんて思うようになりました。長時間労働やそれによる慢性的な睡眠不足もそれはそれで心地よいものになっていきました。休日出勤をすすんでするようになったし、それに伴い収入もそこそこになるようになりました。
なによりも自分という運転手を必要としている人がいるということが生きるという希望になりました。失業中男は希望や夢をほとんど失くしていましたから…。男は少しずつ少しずつ昔の明るさを取り戻して行きました。それが運転手をして一番よかったことかもしれません。希望や夢、あるいは自信なんてものが生きる上で重要なことですから。
あれから、「ひとりタクシーごっこ」から、タクシー運転手という人生のリハビリをしたのかもしれません。あるいはタクシーという箱舟に乗ったのかもしれません。人生は、思っているよりも、実は簡単なのかもしれないと、振り返れば思ったりもしているのですが、その間に、たぶん信じられないほどの涙を流しているのですけれど。
タクシー物語を始めます。昔の日付でアップしますので、トップページには載らないと思います。タクシー運転手になった頃からのことを少しずつ。
#と言っても、一年ほど前からある場所で書いていたものを、ここに載せるということなのですが…。最初の半年間は何も書いてなかったりしますけれど。(それだけ大変だったのですが…)
豊川夕景

10件のコメント

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    sin blancaさん、こんにちは。
    密室での接客なので、反応は否が応でも感じられますね。
    四国ではそういった感じはしませんでしたが、若い頃、外に出たときにはそう感じました。いろいろな可能性みたいなものを考えていましたし。
    おっしゃる通り、動くことも大切なのでしょうし。思うのですけれど、仕事の種類というよりも、問題は生き方なのだろうし…。

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    田原さん、こんにちは。
    自分は失業して旅に出て無職期間を1年過ごし愛知にゆかりがあり(自分は愛知出身です)と、田原さんに境遇が似ていて、親近感をもってブログを読ませてもらっています。
    思うにタクシードライバーのお仕事はその反応が思いっきり跳ね返ってくるものなのかと拝察いたします。それがお客さんからの感謝であったり人への躓きであったり。そこがやりがいであったり、厳しさであったり。素晴らしいお仕事に巡り合われたのですね。
    自分も動かないとめぐり会う機会すらないじゃないかと、今朝ハロワへ行って紹介状を書いてもらいました。
    旅に出て以来地に足がついていない生活が続いています。(四国を巡られたときそう思いませんでしたか?)泥臭くても地に足のついた生活がしたいと思っています。
    似非でもなんでも、とにかく動き続けねばだめですよね?

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    sin blancaさん、こんにちは。
    ボクも一年ほど就職活動をしていました。難しいのは、どうなんだろう、その仕事というよりも、人間だったり環境だったりなのかもしれませんね。
    恋愛みたいなもの、だと思うのですが、結局、その職に就いて新しい自分を発見できるかもしれない、なんてことも思っています。
    どんな職業でも、輝いている人は、その職業に対して前向きな人なのかもしれないと、今の職場を見て思っています。
    仕事よりは人に躓くというのも確かなのですけれど…。
    また近況など教えてください。ありがとございました。

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    田原笠山さん、はじめまして。
    今朝、田原さんのお遍路のブログを偶然見つけて夢中で読ませていただき、ここまでたどり着きました。
    自分は失業してからスペインへ行き、巡礼の道を歩いてきました。帰ってきてからちょうど1年が過ぎ未だに"これから"を模索しています。
    このエントリーを読ませてもらって、旅先できれいな朝日を見たときにただよってきたような清々しい、前向きさを感じました。
    毎日履歴書に似非な前向きを書き込んでいる自分には"うっ"と、来てしまいました。
    早く自分も自然に前向きさを見つけられる職に就きたいと思っています。

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    いまだ無職の元期間工さん、こんばんは。
    デニーロのはボクも見ましたよ。映画の内容というよりも、カメラアングルとか音とか光なんてほうに感動しましたけれど。
    志望動機を聞かれて「不眠症だから」なんてところは、ああ、そういう理由もありかもなあ、なんて思ったかなあ。
    ありがとうございます。
    いまだ無職の元期間工さんも、仕事が見つかると良いですね。タクシードライバーもけっこう楽しいですよ。

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    デニーロの「TAXI Driver」を見た後にここを訪ねてみると新しい記事が投稿されているではありませんか!
    なんという偶然・・・
    無事に就職された様で何よりです。
    不規則な勤務だと聞きますので健康には十分気をつけてください。
    これからの記事投稿を楽しみにしております。

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    やすおさん、こんにちは。
    はい、ありがとうございます。
    少し余裕ができたような、そんな感じの日々です。

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    田原さんの楽しみなブログが又始まってよかった。 長時間労働、体調に気をつけて下さいね。

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    がんちさん、こんにちは。
    出会いで、職場も人生も変わるのでしょうね。訓練校の講師の方たちも良い人たちだったのでしょうし。
    それだけのことなのだろうと思ったりします。最近は尊敬できる人が少なくなったようにも感じます。仕事にしても上司次第ってこともありますしね。
    いつでもお出で下さい。タクシーに乗る場合は料金を頂きますけれど…。

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    お久しぶりです。
    挨拶もそこそこに。。。会ってお話ししたいですね。
    僕は、生活保護はやっぱり自分が許さなかったんです。それから、色々調べて動いて、職業訓練で少しずつ自信を付けながら、付けてもらいながら、僕も生きていて良かったんだ、意外と僕はできるじゃないか、なんて思っていたりして。少しだけ、そういう気持ちを人にもわけてあげれるようになったりして。受け取ってもらえない事も多々あるんですけれど、そういう事も受け入れていけるようになって来たというか……
    経済的に見通しは立たないですけれど、生活給付金で少しは(本当に少しは)蓄えも出来て、助けてくれた人、支えてくれた人、そんな人達に、会いに旅に出ようかと思っています。なんというか、面子とでもいいましょうか、僕は生きているぞ、こんな社会でも生きているぞ、と。そして、どんなに追いつめられても生きてやったぞ、みたいな気持ちを証明したかったりして。。。
    田原さんの記事にも、何度も救われましたし、何度も涙しました。それなりにお元気そうで安心しました。が、なんだか死に場所を見つけたみたいにも感じて。
    それは、それで美しい姿なのかもしれませんけれど、ね。。。
    ご無理をなさらないでくださいね。
    まだ、僕は田原さんに「生きていますよ。」と会って伝えてませんから。

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