新城市タクシー強盗致傷事件

新聞、雑誌、書籍、いわゆる紙媒体が売れないということがインターネットの普及と共に言われ始めて久しい。ipadやKindleなんて電子ブックリーダーデバイスの登場でさらに存続の危機にある、なんて言われてもいる。ボクも新聞を購読していない。もう十数年になる。ネット生活が始まったと同時に新聞の購読を止めてしまった。わざわざ家で読むこともなかったし、そういう暇がなくなった。ネット上には情報が氾濫していたし、それを咀嚼し消化するためには(それは不可能なのだけれど)紙の新聞なんて読んでいる暇はなかった。その新聞もネット上に存在したし。
ところが、タクシー運転手になって気がついたのだけれど、地方の情報というのは、ネット上に、あるいは大新聞の地方版にも載っていないことが多くあって、そういった情報のために紙媒体を購読するということになることになる。中日新聞や東愛知新聞なんて地方の細かい情報を扱っている新聞が必要になってくる。
Twitterもブログも書かないことをそれらの地方紙は書いている。というか、そこが生き残りのキモなのだろうけれど。大新聞は売れなくなっても地方紙は売れる時代なのかもしれない。ブロッガーもツイッターもそんなニッチな情報にたいして飢えているのかもしれないし…。
タクシー強盗致傷事件が16日に新城市で起きたことは知っていた。ところがその情報がネットに流れてことない。前回のエントリー、いなりタクシーの白バス営業事件も流れなかった。そんな細かい事件事故を一々取り上げるほどテレビ局も新聞社も暇ではないのだろう。あるいは報道規制が敷かれていたのか、なにかの力が口止めをさせたのか、あるいはタブーなのか、流れないことが多い。
それとも被害者がタクシー運転手だったからだろうか。これがコンビニ強盗だとそれだけでテレビニュースになる。致傷事件も加わるときっと大騒ぎになる。「コンビニ強盗」>「タクシー強盗」なのだろう…。

強盗致傷件被疑者の逮捕 〔新城警察署〕
8月16日午後11時35分ころ、新城市内の会社寮において、タクシー料金の支払いを求めた男性運転手(50歳)に対し、顔面を数回殴る暴行を加えて傷害を負わせ、タクシー料金8,600円の支払いを免れた同市居住の男(25歳)を翌17日逮捕しました。
愛知県警察|県警ニュース

この事件、豊橋駅から乗ってきたその男はタクシー運転手に「新城の横浜ゴムの寮まで」と告げた。月曜日の夜、豊橋駅は閑散としている。ところがその日は帰省客が多かった。トヨタ自動車をはじめ夏休みが月曜日までという企業が多かった。横浜ゴムもそうだったのだろう。
男は帰省していた。そして帰ってきた。ちょうどその日のその時間に飯田線は人身事故で列車が停まった。豊川方面は不通。おそらく男は豊橋駅から乗り換えて22時30分本長篠行き、あるいは、22時50分新城行きで寮に帰り着く予定だったのだろう。金はなかった。18きっぷだったのかもしれない。その切符さえあれば故郷への往復ぐらい出来る。列車さえ停まらなければタクシーに乗ることもなかったのだろう。
男は期間従業員。明日から始まる作業のために寮に着かなければならなかった。もし遅れるようなことがあって、遅刻でもしたならば、期間延長はなくなり次の契約はなくなる、そう考えたのだろう。この雇用危機の時代に大手企業に非正規とはいえ入社することは難しい。そして真面目に働いていれば正社員への登用もある、そんなことが豊橋駅で「飯田線人身事故のため不通」の知らせを聞いた時にすぐに浮かんだのだろう。
「なにがなんでも帰寮しなければ」男は焦った。18きっぷでの長旅が男を疲弊させていた。正常な思考が出来なくなっていた。「なにがなんでも」という焦燥感が男を支配した。そしてタクシー乗り場に急いだ。
「新城の横浜ゴムの寮まで」と告げた。告げたのだけれど、所持金はなかった。男は「なにがなんでも」着かなければならなかった。そして着いた。寮に帰ったとしても金があるわけではなかった。「お金を借りる」そう考えはしたものの、まだ入社して日の浅い男には友人も知人もそこにはいなかった。寮監に借りるという失態は避けたかった。新人の非正規社員である。まだ夢も希望もあった。その夢や希望が8000円のために崩れ去ることを恐れた。
「なにがなんでも」とパニックになった。正常な思考が出来なくなった。長い長い失業生活からやっと抜け出したばかりだった。
「タクシー?オレは乗ってないよ」と男は言った。タクシー運転手は寮の中まで男を追いかけた。
「お客さん、払ってくださいよ。ないのなら会社の人に借りてくださいよ」
「なんだよお前は」
「お客さん、豊橋からタクシー乗ったじゃないですか」
「乗ってないよ」
そして玄関のドアを開けた。
「お客さん、会社に言いますよ」
その一言に男はキレた。男がタクシーで帰ってきたことも、運賃を払わないことも、すべて会社に残るためだったのだ。罪が罪を増やした。「こんなことが会社にバレたらまずい」そう男は考えた。
「乗ってないよ。お前は誰だよ。」
「お客さん、お願いしますよ。」
タクシー運転手も声を荒げた。叫ぶように言った。その声に驚いたのは男だった。
「うるさい」男は殴った。そして何度か殴った。
寮監も寮生もかけつけてきた。それでも男は言った。
「へんな運転手にからまれているんです。助けてください」
それが嘘だということは誰もが分かっていた。へんな運転手が寮まで来て男にからむわけがない…。何かあったのだと思った。寮監が110番をした。そして男は逮捕された。日付は17日替わっていた。もう6時間もすればラインが動き始めるはずだった。
きっと、こんな感じだったのだろうと思った。
#一部事実、一部フィクションです。
豊橋市 城海津跨線橋

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