婁宿

八月十五日・九月十三日は、婁宿なり。この宿、清明なる故に、月を翫に良夜とす。
(徒然草:第二百三十九段)

婁宿 – Wikipedia

また秋の訪れ。

振り返ればやはり月日は短い。想い出は切ない。

路地裏には昨夜の喧騒の残滓。空には十六夜の残月。

朝が昨日の罪を贖うはずもなく、過去に媚びながら生きている。

早朝、広小路通りから乗り込んできた女は、ドロンとした目とダランした肢体、身体から酒と煙草と香水が入り混じった匂いをさせて、行先を告げるとカールをムシャムシャと食べ始めた。あのなんともいえない化学調味料の味、その中毒患者なのだろうか、とボクは思った。美人だ。

途中、マクドナルド新栄店に立ち寄ってハンバーガーを買った。タクシーでマックにドライブスルーする客というのも初めてだったのだけれど、酒浸しの彼女の胃の中にそのカールとマックがなだれこんで行くのを想像したら、どうも気持ち悪くなった。

「うんてんちゅたん」と彼女が言った。「その先曲がったところでいいからね」と続けた。停車するとキチンと料金を支払い、おまけにキチンと釣銭を受け取り、転げるように車を降りた。

彼女が降りた後、Uターンしながら窓を全開にした。朝の少し湿り気を帯びた乾いた空気が入ってきた。ボクは少しアクセルを踏み込んで駅前に戻ってきた。

残飯にはカラスがたかっている。

ハイエナのように鳩が横から嘴を伸ばす。

駅のデッキのベンチにはホームレスが眠っている。

話の拗れたアベックは取り残された気恥ずかしさにじゃれついている。

また秋の訪れ。

振り返ればやはり月日は短い。

去年のことよりも、もっとずっとずっと昔のことを鮮明に憶えていたりする。子どもの頃の運動会のことや青切みかんの香りや味、栗ごはん…。

去年は、ああ、そう言えば、同じようなことをして、同じようなことを考えていた。子供の頃よりは想い出の密度が違う。質量が違う。未来のために生きる、なんてことではなくて、生きるために生きるような作業を繰り返している。それは悪いことというよりも、それが楽なのだろうと思う。

未来だけを、夢だけを考えればよかったあの頃…。

ボクは車を回送させた。営業所に戻って事務手続きを済ませると、いつものように六畳一間の部屋に戻り、いつものように酒を飲む。そしていつものように眠る。悪い夢をみて、目が覚めるとこんな時間だったりする。

2011年中秋十六夜 婁宿

婁宿には、衣類仕立て、縁談、契約、造園、造作、動土が吉だそうだ。

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秋の贅沢

2件のコメント

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    乗ってから降りるまで、ずっと携帯で喋っているコもよくいますね!

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    日本の鳩は平和ですね。
    天津の鳩は地面に降りません。
    アグネスチャンが歌舞伎町で鳩が地面に降りているのを見て「おいしそう!」と言ったところマネージャから「そんなことを言っては駄目」と言われたとか。

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