5年が過ぎた。
その5年前にボクたちが住んでいた第二田原寮は、今ではアイシンAWの寮になっている。このブログが5年も続くなんて思っていなかった。田原寮の一室で、そうそう右手の痛みをバンテリンで誤魔化しながら、なんとなく始めたこのブログだった。まるおブログがボクのお気に入りだった。なんな風に毎日の出来事を淡々と綴りたいと思っていた。
いろいろな人と出会い、そして別れた。
そう言えばＴちゃんはどうしたのだろうか。5年前、いまほど景気も雇用情勢も悪くなかった頃、郵便局の配達のアルバイトを始めた。ボクはトヨタに来た。

タクトタイムは３０日（２）
Ｔちゃんが見つけてきた「なにか」は郵便局の配達のアルバイトで、郵メイトなんて言われて、ちょっといいカンジに聞こえる時給７５０円の仕事で、１日７時間２２日勤務でなんとか月に１０万円になる就職だった。「昇給もあるし、なによりも“大手”ですからね」なんて、その１０万円の中にも希望を見つけようとしていたし、きっと、それがＴちゃんの最後のプライドだったのかもしれないと、思っている。

その後、一度だけ逢った。その年の暮れに昔の仲間で忘年会をした時に、途中から駆けつけたＴちゃんは、お歳暮シーズンまっただ中で「忙しい」を連発していた。時給は750円のままのようだった。それでも仕事に慣れたということもあってか、なにか自信みたいなものが言葉の隅々に感じられた。
その時集まった4人、全員が非正規社員だった。Ｋさんはスポーツ量販店の店員だった。Ｎさんは派遣社員で家電量販店の売り子をしていた。そしてボクはトヨタの期間従業員だった。

Ｔちゃんにしても、Kさん、Nさんも同じような非正規社員として働いているのだけれど、その状態で１年近くも、そしてそれは無期限の有期雇用契約みたいなもんで、もう終わることのない奈落の底といった場所で、這い上がることをも許してくれないシステムの犠牲者みたいなもんで、人権ってことや、生存権なんてことも希薄なところで、ギリギリ生かされているんじゃないかと、ボクは思ったりしているんだ。

みんな真面目に生きてきたのだけれど、少しだけ運が悪かったのだろうと思う。期間従業員としてトヨタで働いていた多くの若者にしても、その「運」が悪い人たちだったように思う。いや人生なんてのはほとんどの部分が「運」だと思う。ちょっとしたこと…。
Ｔちゃんは社員になれたのだろうか。１５万人もいる非正規社員の中から運よく社員になることが出来たのだろうか。真面目に働いたとしても、そして本人がどれほど真面目であったとしても、上司や同僚に恵まれなかったとしたら報われない時だってある。
いや、真面目にやるから報われない時もある。
郵便事業会社が非正規社員を雇止めするというニュースを見て、Ｔちゃんのことを思い出した。
あの頃はまだそんなに非正規は多くなかった。「民営化」というＴちゃんの希望とは裏腹に、郵便事業会社は非正規社員を増やし続けた。そしていつのまにか１５万人という莫大な数になってしまった。
いやそれは郵便だけではないのだけれど…。
それでも赤字になってしまう。それは民営化する時点で分かっていたはずなのだ。非正規社員を利用して人権コストをカットしたところでどうなるという問題ではない。郵便という地域インフラがあったからこそ、郵貯にお金を預け、簡保の保険に加入する、そんな人情をスッポリと切り捨てたとしたら、郵便離れが起きるに決まっている。
郵便という人と人の繋がりの中にTPSなんて自動車製造現場のやり方を導入するからこんなことになるのだ。郵便局の窓口に行くと、なにか痛々しを感じる。パートのお姉さんたちの後ろに見張りの社員様がいて…。それは配達だって同じなのだ。職場格差、というか、職場ヒエラルキーみたいな構図になっていて、きつい仕事はゆうメイト、なんてことになってしまっている。ボクたちがハガキ一枚出せば、そのゆうメイトが苦しむという仕組みなのに、誰がそんなサディスティックなことが出来るのだ。クルマだって同じことだ。
この国の経済の仕組みがすべてそうなっているのだ。それが格差社会なのだ。
郵便局会社も１１０億円の赤字へ　来年度、ゆうパック問題飛び火 – MSN産経ニュース
雨が降っている。きっとＴちゃんは今も郵便配達をしていて、「ちくしょ～雨のやろう～」なんて叫びながら配達しているのだろうと思う。なんだかそう思うと、そして昔の記事を読み返したら、泣けてきた…。