送迎バス内での暴行事件って、期間従業員だろうね?

ボクたち期間従業員の思い出と言ったら、あの送迎バスの中でのことがかなりの部分を占めている。沈黙のバスだったのだけれど、誰ひとりとして心が満たされてそこに座っていたわけではなくて、ほとんどは哀しみや苦しみなんてものをたっぷりと吸い込んで、それは少し揺れればこぼれ落ちてしまうほど体内に溜まっていた。それに疲労がボクたちの穴という穴を塞いでいたもんだから、バスの中だけではなくて、寮でも食堂でも、ボクたちは沈黙の集団だった。まるでどこかの国の人々のように。
送迎バスの沈黙
そういえばあれから2年なんだね
何度か書いたことがあるし、いまでもボクの思い出の大部分はあの沈黙の送迎バスのことでしめられていたりする。そして沈黙が精神のバランスを保つ唯一の方法だということを、なんとなくボクたちは解っていた。
ボクたちは「どこかの国の人々」というか、飼い慣らされた動物のようでもあった。黙々とルーチンをこなす、というか、ラインダンスを踊る囚人のようでもあった。バスはその刑場へボクたちを運ぶ憂鬱な存在だった。
2、3日前の地方紙に「送迎バス内で殴りケガを負わせた疑い、田原署が男逮捕」という記事があった。田原市東滝頭の28歳の男(新聞には実名が載っていたが)が「午後3時10分ごろ、当時勤務していた会社の送迎バス車内で居眠りしてもたれかかったのを注意されたことに腹を立てて、隣席の同僚男性(44)の顔や頭を数十発殴り一週間のけがを負わせた」そうだ。
「同僚」と言えば聞こえがいいが、赤の他人、ほとんどその「同僚」という感覚がないのも、あの送迎バス、というか期間従業員たちなのだ。2直の始業前、昨夜の残業の疲れを引きずった見ず知らずの男たちがすし詰めのバスに乗る。そんな光景は良く見ることがあったし、ボクもその「同僚」と言われる他人の肩にもたれてかかって居眠りしたことがあった。その逆もあった。
ボクたちはそれでも黙っていた。ボクたちは「同僚」という赤の他人なのだけれど、同じ傷を持つ、あるいは同じ哀しみを背負った「同志」だったので、それぐらいのことは許していたし、沈黙することが正義だと誰もが知っていた。
多くの不愉快なことが起きていた。寮で、食堂で、浴場で、バスで、その停留所で、ミマスで、イオンで、ぐるりんバスで、渥美線で……。ボクたちがほとんど奇跡ともいえる沈黙を保って、そしてこれまた神がかりとも言える寛容な心を持つことが出来た理由は、ボクたちに「期間」という刑期があったからだ。
「期間」という刑期があったからこそ、ボクたちは「同僚」という赤の他人の位置にいることに耐えることができたし、非正規なんていう差別的な扱いにも我慢できた。あのライン作業や送迎バスの沈黙が永遠に続くことだとしたら、ボクたちは発狂していたに違いない。ボクたちはそれほど不自由だった。
今は非正規という蟻地獄にはまってしまっては、そこから這い出すこともできない。「期間」という「無限」の空間の中に多くの若者がいる。全労働者の40%という異常な数の人たちが、その無間地獄の中で苦しんでいる。
もう彼らの哀しみや苦しみは、あの頃よりもたっぷりと身体に溜まってしまっていて、少しの揺れでこぼれてしまうほどになっている。「もたれかかったから」注意して、「注意されたから」殴る。送迎バス内で起きた事件、というだけではなくて、これからこの国の中で「非」という「無限」の刑罰を科せられた若者たちが、少しの揺れで犯罪を起こすようになる。いやもうすでに秋葉原や名古屋駅前、そしてあの柏市通り魔事件なんて事件、無間地獄の中にいる若者たちが次々と現れている。
豊橋市 神明公園
豊橋市 神明公園にて

1件のコメント

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    ドナドナの子牛の気持ですた(;´Д`)笑
    子牛程若くもないが自己責任という呪いの言葉で従順な子牛にさせられてましたな…
    インドで起きてるような事は日本じゃ有り得無いですしね。

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