警察の沽券と巷間の股間

未来都市をも連想させるペデストリアンデッキを備えた豊橋駅前に隣接された広小路、その通りから分枝されたときわ通りや松葉小路、さくら小路なんて車一台分の道幅しかない通りは、昭和の香りをたっぷりと残していて、文明の埒外にある人びとの欲望の生臭さがそれと混ざり合って、辺りはガス燈に滲むカザンチス、アフリカの娼婦街と見まがうほどの混沌の中に、未来とかペデストリアンなんてコトバとは真逆の、真っ白なうなじをのぞかせている。

温泉町のよくある例のストリップ街やソープ街にも似ているとしても、そこに集うのは観光客ではなくて、これまた欲望の正体であるモノを作るために全国津々浦々から集まった勤労青年、とは聞こえがいいが、期間工や派遣社員、海外研修生なんて底辺で蠢き悶える、いわばその昭和の香りのする、そして文明の埒外に片足を置いている人々だ。彼/彼女らにとって豊橋駅が人生の終着駅ならば、広小路・松葉通りは欲望の終着駅なのだ。

そしてそこは「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」なんていう長い法律で取締を受ける指定地域でもある。「性的好奇心」「ゆう恥」「卑わい行為」「売春」なんて言葉が反復するその条例がごとく、言葉が形となって人々を誘う地域なのだ。

昨年6月にその条例が改正された。その直後通りには「客待ち禁止!」、「!」なんて葵の御紋よろしく豊橋警察署長からの看板が立った。先祖代々身体に染みついた官のおふれの恐怖からか、そこに棲み暮らす人々は路上から一斉に姿かたちを消し去ってしまった。あの中国人のお姉ちゃんも、あの黒服のお兄さんも、隠棲の人となって、あるいは地下の人となってどこかへ消えてしまった。

警察の権威は示された。そう思われたのもつかの間で、清浄化されたと官が思った焼け跡には、空腹を抱えた者どもの闇市が、その条例という秩序のちょいと外で行われるようになっては、その「外」という境界線は見る見る間に広がってしまって、もとの欲望の街に復元されていた。それが去年の年末。人々の欲望がピークに達したころ、ひとびとは空腹を、お互いに抱え、いっぽうは食うために、いっぽうは吐き出すために、秩序は崩壊し、警察の権威は失墜した瞬間だった。

分かっていることは、それが必要悪だということと、程度の問題ということなのだ。ソープランドが国家の許可を得て営業しているように、パチンコが正々堂々行われているように、そして飲酒もドラッグも、あるいは殺人も、官のおふれさえあれば、道徳とか正義とか人権なんてものは、また別モノとして扱われる。

官の力と庶民の力のバランス、要するに警察の沽券か巷間の股間の膨れ具合なのだ。「もう頭にきた」とその「!」マークの主、警察署長が「それはオレの沽券に関わる問題だ」と立ち上がったのが、今月初め。それもバランスを考えての週末限定で取締を始めた。

週末限定の条例、というものがあっていいはずはないとしても、そのあたりで巷間との折り合いを付けている、というのが、民主主義的国家権力の在り方なのだ。

マイクロバス2台、パトカー数台、「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」違反者検挙、というか警察の沽券のために、数十人の署員が動員されている。

良いか悪いか、は、棲んでいる場所によって違うのだろうと思う。ボクもあえて答えを出さない。にしても、そこらへんが「落としどころかなあ」と思っている。ゆるキャラな社会のほうが楽に生きられるのかもしれないと、思っているのだ。

あれから一年少しかあ…

迷惑行為防止条例改正後

若い頃は、例えば、旅行に行くと、そういうポン引きのいる地域、あるいは立ちんぼのいるところへ行ったし、そのほうが面白かった。ポン引き婆さん(推定当時60歳)がそのまま現れた別府ワニ地獄の夜や、綺麗なお姉ちゃんだと思ったのが、どうも女性ではないのではなかったのではないかといまだに不思議な広島泥酔の夜、なんてのは思い出深い青春の一コマだったりする。それもこれもポン引きや客引きのおかげだったりする。(てか、騙されているのだけれど)

アジアやアフリカでは電車やバスを降りると客引きの大群が押し寄せてくる。タクシー、ホテル、荷物、両替、土産、「友達を探しているのか」なんてわけのわからない人まで寄ってくる。それはほとんどが迷惑で鬱陶しいのだけれど、時のは「ありがたい」と思う瞬間もある。

案内板によって人の全ての欲望が満たされるとしたら、それはそれでとても整序された社会なのかもしれないけれど、そしてたぶんそういう社会になってきて、情報ってのもがほとんど視覚によってだけ得られる仕組みになってきているのだけれど、ほんとうはそういった混沌とした感覚の中で得ることが(それは体温を伴って)、ボクたちの何かを発達させるために、例えば情緒なんてものを育むために必要なものじゃないかと思ったりする。

ということで、近日取締中、なのだ。

公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例取締
○公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例

2件のコメント

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    前田二丁目さん、どうも。
    「夕焼け小焼け」はどこか切ないメロディですね。旅の途中の夕方に聞くと郷愁というか、やっぱり過去のことなんかを思い出してしまいます。
    争いとか諍いなんてことのない場所で、のんびりと暮らしたいと思っているボクなども、年とったなあ…なんて思っています。

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    ご無沙汰しております。豊橋が…変わって行く…なんて、ちょびっと淋しくなります。日曜日の広小路の歩行者天国で「チンドン屋」を見たのは何年前だっけ、なーんて。あ、そうそう、笠山さんご存知ですか、田原の「17時のお知らせメロディ」。いま17時に流れるメロディは「夕焼け小焼け」なんです。懐かしいなあ。ウチのオヤジが豊橋で「とんかつ屋」をやってた頃、僕はウチの店からすぐ近くの「向山保育園」に預けられてました。だいたいいつも僕を迎えに来るのは「ホール担当」の「白井さん」でした。若くて優しくてクルマが好きなお兄さんだったな。手動変速の「ギャラン」に乗ってた。「おーい、よしのぶ君、帰るよー」って言ってたっけ。白井さんと手をつないで歩きながら、「牛屋」の辺りから2人で「夕焼け小焼け」を歌い出してたっけ。「…みな帰ろー、カラスといっしょに帰りましょ~」 で、すぐにウチの店に着いちゃうんだけど、まだ終わってないんだよね。何してたっけ…「内緒だよ」白井さんが店で出してる「レディーボーデン」をスプーンですくって手渡ししてくれたっけ。
    「夕焼け小焼け」のメロディが流れる度に、白井さんとの帰り道を思い出す。あー、年取ったな。

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