傘の想い出がない。

子供の頃、どんな傘を持っていたのか想い出せないでいる。きっと青色とか黄色とかだったのだろうけれど、思い出せないでいる。

雨の日の写真もない。雨の日の想い出はどれも同じできまって部屋の中でひとりで遊んでいるボク。

熟れた紫陽花は雨に落とされまいとしがみついていた。しがみついていたのは少し前の過去で日々重くなる己の身体は実は憎しみの対象でもあったし己の哀しみでもあった。過去という想い出は加速しながら劣化あるいは熟成してゆく。そうそう長靴は青色だった。なにかのキャラクターのものだった。部屋の中でひとり遊んでいるボクは本を読むことにもあきて紫陽花を見ていた。

父も母もいない薄暗い家の中、姉も兄もまだ戻っていない寂寞とした部屋の中、ボクはだた紫陽花をみていた。そしてボクも雨に落とされまいとしがみついていた。

きっと傘は、ボクだけの傘は、なかったのかもしれない。いや黄色い傘だったのかもしれない。今度母親に聞いてみようと思う。

傘 豊橋漂流(5)

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